烏龍茶問題

  • 2018.09.02 Sunday
  • 00:36
「冷たい烏龍茶なんてない」
九龍のある飯店の支配人はピシャリと言った。こういうときの香港人というのは、日本人から見ると、これ以上ないというくらいに尊大な態度である。さすが華人である。日本人だったら、他人に対して、ここまで偉そうな態度を取れない。内閣総理大臣だって取れない。文化的なわが国においては、そこまでの根拠が無いし、とにかく後でモメ事になるのを極端に嫌がるからだろう。
「全く、日本人は」
モノを知らない、夷の日本人め、という雰囲気が伝わってくる。21世紀においても、我々は華として扱ってもらえない。
「じゃ、じゃあ、鉄観音ください」
「うむ」
支配人は茶を運んできた。
「茶の淹れ方はわかるか?日本人」
「わかりません」
僕は本当に何もわかっていなかった。当時の僕にとって烏龍茶といえばサントリーの烏龍茶であった。ペットボトルで冷たくして製氷機の氷入りである。そんなこと怖くて、この場で言える雰囲気ではなかった。もう、華人のいうことを素直に聞くしかない。
「先生、教えてください」
諦めた。僕は改めて儒教的な態度で臨んだ。
「そうか。それならば、教えてやる。まずは、茶器を温めて、洗茶をするのだ」
それから支配人は茶の起源、歴史、分類などについて延々と語った。そして手取り足取り鉄観音の淹れ方の指導が始まった。
 僕は上海蟹の麺を食べに行ったのだが、肝心のその料理の味はイマイチよく覚えていない。しかし鉄観音の香りと糖蜜みたいな甘みは忘れない。

 「さてと」
ここまで書いたら、何か飲みたくなった。せっかくだから、今日はいつものコーヒーじゃなくて、烏龍茶を飲もう。
(鳳凰単叢)
日本語でホウオウタンソウと読む。鳳凰山のたった一つの茶木から作られた、という意味だそうだ。高級烏龍茶を代表する銘柄の一つでもある。横浜中華街の専門店で僕はこの茶を買ったのであった。
 鳳凰単叢は半発酵の青茶であり、いわゆる我々のイメージする烏龍茶である。鳳凰山の岩がゴツゴツしている処の、樹齢数百年という茶木の葉で作るそうだ。今日の中国では、良品になると、あっという間に100グラム1万円に達するらしい。それは広東省潮州の生産地価格において。
 僕は洗茶を1回行った。やかんでお湯をカンカンに沸騰させる。そして一煎10秒である。鳳凰単叢は熱湯でサッと淹れるのが適しているらしい。
 ズズー。うーん。旨い。お茶のボディに呼応する言葉が見当たらないのだが、そのあとに苦みとエグ味が来るだろうなと身構えた瞬間に、甘味に変わるのは見事である。そして下北沢のアパートのいい加減な水道水で淹れているにもかかわらず、水の一滴一滴がキラキラしている。たったの10秒間浸しただけなのに、優れたお茶っぱとはなんという力を持っているのだろう。
 
 そして烏龍茶で一服していると、点心が食べたくなりますね。香港式のシュウマイが食べたい。美味しいのは売っていないから、自分でつくるか。
 

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豆油肉

  • 2018.05.04 Friday
  • 16:28
 久しぶりに(食は広州に在り 邱 永漢 1975年初版)を手にとった。不滅の食のエッセイだと思うが、読むと気持ちいいだけでは無くて、読み進むと腹が減ってきて、挙句の果てには書いてある料理を作り始めている、という強大な力を持った名著である。
 この本の、読んでいただくしかないのだが、その力強い文章は、広東料理の基本的な家庭料理から料亭料理に到るまで、中国の歴史やアジアの比較文化論なども交じえて、よくわかるように書いてある。
 大人になって、僕が香港に通うようになったのも、この本を読んだからだ。
 生まれて初めて香港に到着して、地下鉄やフェリーの乗りかたに戸惑ったりはしたが、食べるものについてはまったく迷わなかった。朝、ホテルを出ると、一直線に中華粥を食べに行き、その後腹ごなしの散歩の途中に飲茶屋で一服である。焼売や粽や肉饅をつまみにジャスミンティーを飲む。落ち着いたら店を変えて、雲呑麺をいただく。昼まで一気呵成であった。
 香港は食の都で、屋台から金ピカの料亭まで、安物から山海の珍味まで、いく層もの食堂があった。高級料亭は探すしかないが、日常的な食べ物なら、チラッと見渡して客が外まで溢れているような店に入れば、まず、外れることはない。今はiPhoneがあるから説明するまでも無い。
 さてと、下北沢のアパートである。布団に寝そべってその本を読んでいた僕は、どうしても豆油肉が食べたくなって、いてもたってもいられなくなった。豆油肉とは豚肉の醤油煮である。
 僕は近所の肉屋へ向った。豚のモモ肉を塊で500グラム切ってもらった。脂はついたままの肉の塊である。
 塊を3つに切った。鍋にごろっと入れる。他にネギを3本白いところから先まで5cm程度に切って入れる。醤油と水を半々がオリジナルレシピだ。僕は少し味醂を入れる。さあ、これだけで、あとは気長にトロ火で煮込むだけである。
 煮上がった肉を取りだして、好きなだけ包丁で薄切りして、残った肉は鍋に戻す。この料理が素晴らしいのは、冷蔵庫のない時代の人が考えた、保存料理である、というところだ。一日2回か3回か、メシ時に、鍋の醤油を沸騰させると、僕の経験では1週間弱はまったく問題が無いし、肉はますます味が濃くなって旨くなる。それは塩辛くはならない。うま味が濃くなる、という変化をしてくれるのがこの料理の不思議なところだ。
 そうそう、忘れてはならない、固茹で卵と干し椎茸を鍋にぶちこんでおくのだ。茹で卵は水分が飛んで行く感じで、どんどん小さく固まっていくが、これが旨い。ひとつの卵で御飯が一膳食べられてしまう。流行りのラーメン屋の黄身のトロっとした煮卵に慣れた人にはショックな醤油色かも知れないが、昔の塩ジャケを懐かしむ人には抵抗なく食べてもらえるのではないか。干し椎茸は肉の味にもうま味を与える。
 そして肉が無くなる頃には、鍋底が近ずいてくるが、この残りものでメンマを煮るのである。塩メンマを一晩水につけて塩ぬきし、豚のバラ肉と一緒に煮こんでやると、これまた素晴らしい料理の完成である。このメンマもやはり出来たてよりも、翌日の方が旨い、いや翌々日の方が旨いかもしれない。
 

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ナスと素麺の一体感

  • 2016.08.30 Tuesday
  • 21:44
 「北関東に食文化なし」
そう言われている土地に12年住んでいる。栃木県佐野市である。ここは関東平野の北限であり海の無いところだ。
 スーパーマーケットの魚コーナーで目につくのは、魚肉ソーセージにさつま揚げにチリ産の鮭の切り身である。あとは冷凍マグロのキハダとか。魚好きがこの土地に引っ越して来たら、眼前が真っ暗になってしまうかもしれない。もちろん関西のような華々しい牛肉文化もない。肉といったら豚である。あと鶏。
 しかし北関東というのは、土地がバーンと開けている。平坦なので田んぼや畑にするにはいい。そして日光の山々から水が流れてくる。だからお米や野菜はいくらでも採れるのである。
 なので、夏はいい。夏野菜が採れ放題。
 ナス、トマト、ピーマン、シシトウ、オクラ。最近は苗の改良が進んでいるのか、僕みたいな素人がプランターで作っても、野菜が採れてしまう。完全有機無農薬栽培も可能である。そしてスーパーマーケットに行くと、地元でとれた野菜のコーナーがある。朝採りの小振りなナスが5本で100円。シシトウやオクラもある。300円で新鮮なナスにシシトウとオクラが手に入ってしまうのだ。
 夏のある日、天気は晴れ、盆地の気候と同じように昼間は35度以上になる。暑い、本当に暑い。蝉があちらこちらで鳴いている。
「はあ、暑い。昼は素麺でいいか」
「いや、いや、そう言えばせっかく朝採りナスがあるのだから、気合でナスも料理しよう」
 素麺と焼きナス。
 素麺と茹でナス。
 素麺とナスのピリ辛炒め。
 うーむ…どれも魅力的だが、ちょっとあっさりしすぎていたり、ナスと素麺の一体感に欠ける。理想的なのは、ナスの旨味が料理全体にゆきわたっていて、夏バテしないようなパンチがあり、佐野の北関東な感じも備えたナス料理である。
 僕は考えました。
 現在の処、僕の結論は、
「北関東風肉ナスのつけ汁素麺」。
 ナスを味噌汁とかうどんの汁に入れるのは北関東の伝統的な料理だと思う(他の土地も同じかも)。しかしただ切って煮てしまうと、肝心のナスの味はぼやけてしまう。汁も水臭くなってコクがなくなる。呆けナスとはよく言ったものである。
 そうすると、やはり油ナスしかないよな。肉みたいな。
 ごま油とサラダ油を混ぜてたっぷりとフライパンで沸騰させる。中火で蓋をして小さく切ったナスを揚げるようにして、油ナスをつくる。僕はひとつひとつのナスの両面がきちっと揚がるように素早く箸をくり出す。こういうことについてはかなりマメである。素揚げもいいが、油がたくさん必要だし、油に染み出るナスの旨味がもったいないので、やらない。ナスをフライパンから取りだしたら、強火にして、豚ばら肉、シシトウ、オクラ、赤唐辛子、エノキダケを炒める。肉は少々焦げ目がついて、シシトウは青みが残る仕上げが理想である。そして油ナスをフライパンにもどしたら、うどんのつゆをジャーッと入れて、沸騰したら出来上がり。アツアツをフライパンからどんぶり鉢へ注ぐ。その間に素麺も茹でて、氷水でしめたら、ざるに取る。
 さあ、北関東風肉ナスのつけ汁素麺の完成である。熱いつけ汁で冷たい素麺をいただくのだ。
 ところで豚ばら肉は100g200円と高価だが、臭みが少なく旨味が濃いという高品位な肉が手に入るのである。僕の観察によると、地元のスーパーマーケットで入手できるタンパク系の食材は、豚ばら肉、豚ロース、鶏の腿、豆腐、油揚げに納豆である。一方、魚は全滅で、牛肉もやめといたほうがいいようだ。
 キノコ類はシイタケ、マイタケ、エノキダケ、エリンギはどれも工場生産品だが、安くて質は一定だ。この料理にはエノキダケが一番合うと思っている。
 ところで話は完全に飛んでしまうが、僕は旅に出ると街に泊まる。
 朝遅く起きたら、宿を出て道を歩く。
 カフェに行き、そしてマーケットに行く。するとその街に住む人々や、そこの生活についての想像が、おぼろげながら立ち上がってくる。そしてその瞬間に僕は旅する理由を感じるのである。
 美術館や博物館にはいかない。正確に言えば、僕の人生において、次第にいかなくなってしまった。あるいは僕の才能が貧しいから芸術作品を理解できないだけかもしれない。しかしその施設自体がその土地に住む庶民からすると、ろくでもない浪費であるケースが多い。その土地にとってみれば、余所行きなどを遥かに超えて、凄惨なこともあるのだ。元社会主義国だけの話ではなく、EUの豊かな国においてもあり得る。僕はその痛みみたいなものを、どうしても先に感じてしまうのである。
 それよりもカフェのテラスから、街を行き交う人々の様子を見ているほうがいい。そしてマーケットに行くと、その街で、あるいはその国で、どのようなものが売られているのか知ることができる。
 僕が探すのは、安くて美味しくて大量に売られている物産である。
 小エビや泥ガニが安く売られている南の街があった。北へ行くと豚の加工品であり、東では羊肉ばかりが売られている、牛肉が安い街もある。日本ならば異様に安いのは鶏卵である。
 何故、そのようなものが安く大量に売られているのか、あるいは買われていくのか、僕は想像する。もちろんそこに住む人たちがそれを好きだからであろう。でもそれだけではないと思う。地勢、民族、そして宗教や経済との関係性もあるかもしれない。
 そう考えていると、僕はそういうものを(文化)と一句で紋切りする気分には決して慣れない。
 北関東の食文化についてであるが、本当はそういう言い方自体が成り立たないというか、やや無責任な放言でもあるし、しかしまあそういう態度みたいなものも、面白くはある。つまり僕は文化という言葉が苦手であり、正面に据えることが出来なくて、どうしても茶化して使ってしまうみたいだ。
 北関東風肉ナスのつけ汁素麺は美味しいです。ナスの旨味がたまらない。つけ汁にはキレとコクがあり、そしてナスと素麺の一体感が素晴らしいと思います。


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香港、飲茶、再び

  • 2016.01.09 Saturday
  • 21:10
 また、香港にいる。
 香港に到着すると、僕は腹が減っているのであった。何故なら、朝から何も食わずに、香港国際空港へ降り立ったから。
 朝の10時に東京を出発して午後には香港に到着した。ああ、腹減った。しかしもう少しの辛抱である。入国手続きを終えると空港から香港島のセントラルまで快速列車で20分ほどだ。そこで地下鉄に乗り替えて、一駅乗るとシャンワンという駅にたどり着く。そして地下鉄構内にある美心皇宮へ直行するのである。そこは体育館ほどもある大型飲茶専門店であった。
「ジャスミン茶ください」
まず茶をオーダーする。地元の香港人はポーレイ茶を好むようだが、僕の舌にはアーシーな感じがするので、ジャスミンをお願いする。
 お茶は直ぐにやってくる。まず、一口含んで、僕は一呼吸するのであった。
「はあー」
東京の方角なのであろうか、遠くをぼんやりと見つめながら、僕は息をつく。
 そして速攻で点心を選びにかかる。絶対に食べたいのはハーカウ、シュウマイ、チマキ、スペアリブである。
 蒸籠がやってきた。蓋を開けるとホカホカと湯気が立つ。
 まずハーカウだ。ポンと口にいれる。あ、熱い、はふはふ、はふはふ、ぷりぷり、うーん、激旨。ジャスミン茶を啜る。ずずー。もう、完全な瞬間とはこのことを言うんじゃないか。
 ハーカウとは蝦餃と書かれる、海老蒸し餃子である。ご存知の通り、海老を練った赤い餡が、白い透明な皮に包まれた餃子だ。皮が透き通っているのは、普通の小麦粉ではなく、精製したでんぷん質の浮き粉を使うからである。透明な皮は穏やかな味わいで、繊細な海老の旨味を引き立てる役割があると思われる。そして海老の餡は色鮮やかで、ぷりぷりの新鮮である。これ以上完遂された料理はないのではないか、と思われるほどに、本当に素晴らしい一品だ。
 シュウマイは燒賣。豚肉と海老、そして昨今はヒラメなどの魚肉も練られた餡が、卵入りの黄色い皮に包まれて、上にはカニ卵が載せられている。
 蒸籠を見るとシュウマイが4つ並んでいた。一つつまんで口にいれる。もぐもぐ、もぐもぐ、豚肉が旨い。香港の豚肉はなんでこんなに旨いのだろうか。日本の豚肉よりも味が濃い。そしてぷりぷりした海老のたたきが豚肉に絡む。華麗なるコンビネーションである。最新の美心皇宮のシュウマイにはヒラメが練りこまれているようだ。以前と比較すると、シュウマイの餡に、穏やかで滑らかな魚の味が加わった。もしかして日本人観光客を喜ばすために魚を入れるようになったのかな。
 チマキは粽なのであるが、ロータス(蓮)の葉に包まれて、蒸したもち米である。この店のチマキはカステラ一切れみたいに作られていて、もち米、鶏肉の餡、もち米、の順で三層構造になっている。鶏肉の餡は、肉まんの餡を想像してもらうといいと思うが、甘辛の醤油味でピリ辛であり、蒸したもち米に絶妙に絡んでくる。
 ホカホカのロータスの葉を上に下に開く。熱いので、指で開くと危険である。僕は中国箸を使って慎重に開いていく。
 もち米が輝いている。ツブツブでもあり、餅のようなところもあり、絶妙な蒸し加減である。箸で切って、口に放り込む。はふはふ、もぐもぐ、もぐもぐ。うーん、やっぱり米だ。僕らは米を食ってきたんだ。僕はしばし天井を仰ぐのであった。はふはふと空気を口内に取り込んでいた。
 最後はスペアリブだ。豚の排骨(スペアリブ)を豆豉と唐辛子、ニンニクでつけたところを蒸した料理である。焼くのではなくて、蒸籠の中で小皿に載せて蒸しているから、豚の脂は溶けてスープになり、骨まわりのお肉はとっても柔らくなって、味わい深い料理となる。
 豆鼓と豚脂に湯気が加わり唐辛子にニンニクに黒胡椒が一体となったスープは(真の邂逅とはこのことか)とまで思いこむほどの味わいになる。
 僕はスペアリブをひときれつまむと、一旦スープに浸して、それからそいつを口に放り込んだ。もぐもぐ、こりこり、もぐもぐ。ブ、豚が旨い。本当に旨い。柔らかくて、ジューシーで、ピリ辛で、ねっちょりして、コリコリして、すなわち多角的に贅味である。なりは小さいが最高の肉料理だ。
 僕はジャスミン茶を啜る。ずずー。ちょっと茶が出すぎているな。でもいいや、このままで。もぐもぐ、ずずー。
 しかし香港人というのは、なんという素晴らしい料理を発明したのであろうか。全く、飲茶最高である。(同じネタ3回目)


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マッシュポテトの素

  • 2015.11.08 Sunday
  • 19:48

「なに、これ」
「ああそれ、結構おいしいんだよね」
「…」
台所掃除をしていた奥さんが、マッシュポテトの素を手に握っていた。
「捨てるわよ」
「あ、ちょっと待って」
一応、僕は箱を手に取ってみた。たしか、数年前にフランス系スーパーマーケットのカルフールで買ったマッシュポテトの素である。やはり賞味期限はとうに過ぎていた。
「古いね。捨てよう」
僕はゴミ箱へそっと入れた。
「馬鹿じゃないの」
奥さんは怒って、台所から出ていってしまった。

 実を言うと、僕の奥さんはロシア人である。
 一般的にロシア女性というのは怒りっぽい、というイメージを皆さんは持っているのではないか。確かにロシアには、アメリカ人みたいにいつもスマイルを絶やさない、という文化は全くない。街を歩いていて、口角が上がっている女性を見かけることは少ない。彼女たちに言わせれば、楽しくもないのに笑っているのは、ヘラヘラとした変な人だそうである。だからか、僕から見ると、やはりロシア女性というのは、いつもなんとなく不機嫌な感じである。そして日本人の僕がわけもなく笑顔を作っていると、
「何で笑う?」
という鋭い突っ込みを浴びることになる。
 彼女たちの顔つきもその一因のように思われる。彫りが深くて眉毛がシャープだ。ちょっと眉間をひそめただけでも、日本人の激怒顔にほぼ匹敵する。
 一方実際にロシアを訪れて、しっかりとコミュニケーションをとってみると、怒りっぽいというよりは、しおらしい感じに見せたいと願うロシア女性は多い。そしてドスのきいた感じで「耐える女なの、ロシアの女は」という決め台詞を言う。
 ロシアではジャガイモは主食である。何がなくとも、美味しいジャガイモ料理があれば、決して文句を言ってはいけない。
 ボルシチにマッシュポテトそしてソーセージ。それは一般家庭に相応しいディナーのメニュー。ボルシチはスープであるが、味噌汁とは比べ物にならないくらい、手間のかかる料理だ。例えばけんちん汁を作るよりも大変である。ポジションはスープでも作る手間はビーフシチューに匹敵するのだ。そんなボルシチについては次の機会に書くとして、マッシュポテトもしかりなのであった。
 ジャガイモをスーパーマーケットで買うところから、その料理は始まっている。台所でオーラを放つジャガイモをどうやって見つけてくるのか、僕には全く理解不能なのだが、奥さんは常にいいジャガイモを買ってくるのである。古いものもあれば新しいジャガイモもあり、小さいものもあれば大きいものもある。マッシュポテトにするのは男爵のようである。
 皮むき器でむいたら、丸ごと水に漬ける。水を捨て、適当な大きさに切り、鍋を蒸気鍋のように使いながらジャガイモを茹でる。ジャガイモをつぶしたら、塩とバターと牛乳か生クリームを加えて、強火にしてかき回して仕上げる。木のへらを使って、かき回しながら、つぶしたり、刻んだりしている。奥さんは僕が台所に入るのを嫌うので、レシピや作り方のコツなどを教えてもらえないのだが、後ろから覗いた限りでは、真剣勝負で作っている。
 さあテーブルにマッシュポテトが来た。冷やし中華みたいな量のポテトの脇には、安物のソーセージが添えられている。ちなみにソーセージについては、ロシア的にはどうでもいいみたいだ。そう、もちろん、ママの手作りのマッシュポテトがメインなのである。美味しいマッシュポテトが食べられれば、絶対に文句を言ってはいけない。ロシアの女は怒るとマジで怖い。
 そしてマッシュポテトの味はというと、たしかに美味しい。基本的にクリーミーで、しかし割とあっさりしているところもあり、ジャガイモの素材の味がしっかりと感じられる。ねっとりのなかに、ツブツブが見え隠れ、ボディがあって、香り高く、水くさくはないが新鮮な水気を味わえるという、良き料理の叶うべき境地に達している。こういう安くて当たり前の材料が、素晴らしい料理へと昇華するのは、文化ではなく文明的だと思う。我が国ニッポンは相当に文化に満ちた国である。高い文化を誇るという言い方もあるみたいだけどね。
 手前味噌ですいません。



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吉野家アタマの大盛り

  • 2014.12.11 Thursday
  • 13:37
 「アタマの大盛り、半熟卵、味噌汁」
久しぶりに吉野家のカウンターに座ったら、僕より後に入店してきた男性客が対面のカウンターに座った刹那、発した言葉である。
 その時僕はメニューを読んでいた。
 その言葉を聞いた瞬間に、僕は彼が何を言っているのかよくわからなかった。僕に聞こえたのは、
「はたまた大盛り、半熟卵、味噌汁」
 将又大盛り? 言いかえれば「あるいは大盛り」だと思うけれど、それはどういう意味だ? 僕はメニューから上を仰いだ。
 並だとちょっと物足りないが大盛りを頼むのはもったいないから、はたまた大盛り(あるいは大盛りみたいな)という一見自己主張を弱めているような印象を持たせつつ、その言葉の裏では最大限いい思いをしてやろうという、言わば腹黒い欲望を含有した曖昧な表現の吉野家隠語バージョンか? 将又大盛りは並よりもほんの少しだけ大盛りの牛丼である。そうすると値段はどうなるのだろう? 並と同じなら、それはお得なんじゃないの。僕も頼んでみようかな、はたまた大盛り。
「大盛り、梅雨時」
この言葉を神奈川県川崎市競馬場の近くで聞いた時も不思議に思ったものである。吉野家に四季折々のおもてなしバージョンが存在するのか、ANAの機内食やホテルニューオータニのなだ万みたいだな、と勘違いしてしまった。しかも梅雨時である。茶の湯だってそこまで微細な季節感を追求するであろうか、なかなか吉野家も凄いことになっているなあ。
 そして梅雨時ではなくてツユダクであり、それが牛丼のツユを沢山入れてくれ、という意味であるのを知ったのはかなり後のことである。それを聞いたのが川崎市の南側にある京浜工業地帯の吉野家であったから、もともとの牛丼自体が辛いくらいのツユダク牛丼なのであった。そこにさらにツユを加えているのだから、もう、おツユじゃぶじゃぶの牛丼だったのだろう。
 僕はメニューへ目を落とした。また変わっている。今は牛すきなべ膳が一押しのようである。丼ものもいつの間にか牛丼だけでなく、ロース豚丼十勝仕立てや牛カルビ丼に牛ねぎ玉丼である。牛丼のところを見るとアタマの大盛り390円というのがしっかり表記されているではないか。
 だいたい僕は、Aセット、Bセットという、お新香や味噌汁やサラダのセットが出現した頃から吉野家のオーダーに迷いが生じているのである。セットにするといくらかお得なようだが、僕が食べたいのは、
「特盛、味噌汁、玉子にお新香」である。
 AセットだかBセットだか毎回迷ってしまう上に、例えばBセットを頼んだときに、玉子がつくのかお新香がつくのか未だ持って良くわかっていない。数年前に僕は焦って、
「特盛Bセットにお新香」
と頼んでしまったことがある。吉野家の店員は忙しいから、そのまま特盛牛丼に味噌汁にお新香とお新香が運ばれてきてしまった。
 マクドナルドのセットも良くわからないよな。
 オーダーの仕方を知らないと客が損するセットメニューを作らないで欲しいよ。


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グルメバーガーとは?

  • 2014.11.03 Monday
  • 10:43
 先日、佐野アウトレットにクア・アイナができました。有名なハワイのハンバーガーショップの支店です。良かったー。
 お陰様で美味しいハンバーガーをいつでも気軽に食べられる、という満ち足りた人生を送ることができるようになりました、2014年秋、栃木県佐野です。
 ところで東京のグルメバーガーの草分けといえば個人的にはホームワークスだ。創業は1985年。広尾商店街を入っていくと奥の方にあり、ナチュラルウッドとネイビーの店内は、清潔でシンプル、いい素材を使って丁寧に作っています、という雰囲気に包まれていました。開業時850円くらいだったと記憶していますが、うわ高い、と思った。ハンバーガーは、グルメバーガーと呼ばれていて、衝撃的な旨さだった。
 最近は美味しいハンバーガーのお店が増えましたね。
 ところでグルメバーガーとは何だろう? 
 個人的な好みになってしまいそうですが、とりあえず書いてみます。
 やはりハンバーガーなんだから、ハンバーグの仕上がりが最も重要だ。いきなりダメ出しで申し訳ないが、洋食屋のハンバーグでは駄目なのだ。ナイフで切ると、脂っぽい肉汁がジュワーと出てくる、というのは肉派としては大好きだが、ハンバーガーのパテには不適合である。それはご飯のおかずであって、ハンバーガーにおいては危険ですらある。手が火傷しちゃうかもしれないじゃないか。それから合挽きの肉を使用するなんてとんでもない。ハンバーガー用のパテは絶対ビーフ100%、豚を混ぜてはいけないのである。
「豚を混ぜたらそれは焼売」
 そして脂は少ないほうがいい。サシの入った和牛のいいところをハンバーグにしました、というのはパテとしてナンセンスだ。素材は赤身の肉に限定したい。
 ごちゃごちゃ言っていないで、グルメバーガーをちょっと自分で作ってみますね。
 もも肉みたいな赤身の肉を叩いて、手でこねる。つなぎはいれない。この段階では塩も振らない、牛肉は塩に触れると固くなる性質を持つからである。中華料理においても牛肉の扱いは同じで、卵白をまぶして置いて、適宜に火を施したら、最後の最後に醤油を絡めるという調理法が推奨される。
 こねて肉を丸めたら、真ん中を凹まして、炭火の直火で焼く。ここで塩と黒胡椒を豪快にふる。パテの外表面を塩と火で固めるイメージです。中心のお肉までは塩が入らないのがいい。焼き加減は、外側はコゲ気味で、中は少し熱が入っているいわゆるミディアムレアからミディアムが好きだ。もしグリル中に外側を焦がし過ぎてしまったら、その部分はチョキチョキとはさみで切り落とす。これは西荻窪の焼き鳥屋さん方式ですね。
 トマトを薄切りにして種を取る。レンコンみたいな状態。さくっとした歯ごたえが理想的なのだが、日本のトマトは柔らかくてジューシーなのが高級品なので、なかなか適したトマトは少ない。レタスとオニオンとピクルスを用意して、直前にペーパーで水気をとっておく。
 パンはなかなか適したものが手に入らないが、山崎の食パンでも、十分にいい味のハンバーガーサンドが作れると思う。ホール・ホゥィートや芥子の実つきバンズが手に入るのなら、是非それを使ってください。
 ここで大切なのは、それぞれの素材のボディの強度が等位にある、ということだと思います。肉味の濃い牛肉なら、パンも粉味の強いものを合わせることが、全体のバランスをとって、相乗効果を生むのではないか。この辺りにクア・アイナなどのグルメバーガー屋の秘訣が隠されているように思われます。
 僕の理論だと、ロンドンで絶大な人気を誇るBYRON HAMBURGERのパテはちょっと脂っぽいということになる。アンガス牛のネックなどが混ぜられ、かなり肉汁たっぷりの仕上がりです。食べるのに危険ギリギリでもある。ロンドン・グリーシーのニューフェイスと思われるのだが、もちろん美味しい。
 さてと、話は戻って。
 あれ? なんか、いつもと違って、脂っぽくないじゃない、どうしたの? Y島は腹の調子でも悪いわけ? と思う方もいるかもしれません。
 もちろんこれからです、ここに脂を加えます。僕はハンバーガーをチーズバーガーにします。使用するのは本物の熟成チェダーチーズ。脂として世界最高峰の食材のひとつ。チーズはパテが焼けている途中で載せて完全にとろけさせたい。
 黄色いチーズたっぷりのチーズバーガー。ハンバーグ自体は苦いぐらいにストイックな赤身の牛肉。そして外側はごろごろと固めに焼いてあり、歯ごたえはムチっとしていて、肉の焦げた香りがすると、噛めば赤身の牛肉が出てくる。そして口の中では、苦めの肉片を甘いチーズが繋いでくれて、最終的に赤身のハンバーグはチーズの極上脂によって補完されます。黒胡椒の重要性は西インド会社の帝国性みたいなものに相当し、ケチャップとマスタードは好みに従ってください。
 さあ完成した自家製グルメバーガーはかなりの厚みである。
 アメリカ人はハンバーガーを食べるとき、すべての食材を一口で噛み切ることにこだわる。だから厚みのあるハンバーガーは、両手で潰してから、がぶっと食切るのがアメリカンスタイルみたいです。ドリンクを片手ににっこりと笑うのがいいですね。
 がぶっ、もぐもぐ、もぐもぐ。やっぱコーラしかないよな。ぐびび。にかっ。
 女性はハンバーガーのテイクアウトが好きですね。日本も英国も米国も。



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香港で飲茶2 香港で元気になる! ハナコを読んで、再考。

  • 2014.08.25 Monday
  • 07:34
 今号のハナコは「香港で元気になる!」特集でした。前回「香港で飲茶」を書いたばかりで、気になってハナコを買った。
 巻頭に林真理子さんのエッセイがあった。
「美食、ショッピング、街のパワー。香港には女を元気にするものがあふれている」
そう、その通り! 香港の本質ですね。男だって元気になっちゃいますから。
 香港のショッピングは楽しい。僕はハイファッションブランドからストリートファッション店をハシゴする。街がコンパクトなのでとても簡単だ。僕はあまりハイファッション系を買うことはないが、世界のモードを牽引する、とびっきりのものに触れていると、ファッション的イメージはどんどん膨んでくる。東京と香港では商品のラインナップがかなり違うのではないか。香港のほうがエッジーな感じ。だから買い物して下北沢に帰ってくると、
「そのセーターいいですね」
「香港のZARAす」
下北沢ロッソの美容師さん曰く、
「え、ZARAですか。そんなセーターあったかな?」
実際には、ZARAは日本から香港へ商品をもっていくようだが、他のブランドだと日本未発売のものがたくさんあるらしい。
 今の香港はおしゃれな人が多い。20世紀末から継続して景気が良くて、いうなればハイファッション漬けの状態であり、外国人もどんどんやってくるから、街のエネルギーは凄い。
 国際金融系ビル付近には、スーツをピッタリと着こなした金融パーソンがいる。若くて野心にあふれている感じだ。香港はアジアの金融センターである。その界隈にあるデリに入ると、彼らの奥様方と思しき長髪の女性がカフェを飲み、おしゃべりをしている。全身をハイファッションでくるんだその姿は、日常使いとしてちょっとやりすぎだろう、と僕なんかは思うが、まるで映画から出てきたみたいだ。
 さてと。表向きのことばかり書きましたが、香港といえば、いい感じのバーコードオヤジの生息地である。裏通りにはステテコにサンダルのオヤジが潜んでいる。香港の飲茶屋で、そんなオヤジとテーブルを囲めたら。それは、もう、忘れ難き旅情となるであろう。食後に新聞を広げて、楊枝でシーハー。
 ところで飲茶には昔ながらのワゴン式の店がある。大ホールの店内は1000人を超える客で満員となり、ワゴンが忙しなく行き交っている。ワゴンの上には、ホカホカの蒸籠が積み上がる。客や売り子のオバちゃんの間には、勢いのいい広東語が飛び交う。香港人のおしゃべりの凄さは、東京の忘年会シーズンの居酒屋なみである。だからホールは地鳴りみたいな音が満ちている。身を預ければ、じわりと幸せになれる。静寂な孤独とは対極にあるのだ。
 もし店に入ったら、ぐるりと見わたしてほしい。飲茶屋におけるオヤジ数と点心の旨さには正の相関がある。そうして店の選択の是非をまずは統計学的に予測してから、実際に点心を食べていただければ、飲茶とは何か、という探究の一助になるはずである。しかし残念ながら、近頃は、ステテコオヤジがトミーヒルフィガーのポロシャツを着ていたりするので、なんだかちょっとわかりにくい。カラフルな眼鏡を掛けた娘を連れている。
 ハナコのおすすめは金鐘の名都酒樓(メトロポールレストラン)である。中環の大會堂美心皇宮もワゴン式大型店だ。上環にある蓮香樓は有名であり、蓮香居という系列店も同様の店舗らしい。土地柄か上環の飲茶屋は古き良き香港の香りがする。スターフェリーで九龍に渡るような雰囲気である。コアな香港の飲茶をお求めの方には、上環駅周辺をおすすめしたい。
 

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香港で飲茶

  • 2014.08.19 Tuesday
  • 19:24

 香港に行ったら飲茶したい。
 実はこのテーマは前にも書いているのだが、今年になって香港へ行ったので、またしつこく書きたいと思います。しかし、3年前の文章を読み返すと自分の文体がもの凄くてびっくりした。恥ずかしくてまともに読めないじゃないか。
 ということで、香港の飲茶である。現在、僕の行きつけの飲茶屋は上環にあるマキシム(美心皇宮)だ。美心集団という企業の店舗の1つである。香港国際空港の出発ロビーにも支店がある。以前はワンチャイのデパートの2階にもあった。地下鉄の駅を上るとすぐに入れて、なかなか便利な店だったが、デパートと同時に閉店したようである。
 上環店はフェリー埠頭へ向かう途中にあり、駅構内にあるので、やはりとても便利である。体育館みたいな超大型店の入り口は混雑しているが、プロの給仕が無線で客をさばいているので、入店待ちはほとんどなし。
 香港の飲茶は陸羽茶室やセレナーデが有名である。両店はとてもシックなのだが、駅から遠いのと、週末は一時間待ちとか二時間待ちになるので、僕はもっぱらマキシムに通っているのであった。
 飲茶はさっといきたい。ドトールみたいに。
 店に入る。
 お茶はジャスミンを飲む。マキシムの店員は、僕が日本人だと分かると、ジャスミン? と聞いてくるので素直に、イエス、と答えている。香港人は黒茶や白茶を飲んでいるようだが、発音が難しいのもあり、なかなか頼む気になれない。ポーレイ茶やサウメイ茶のようである。
 点心は、ハーカオ、焼売、ちまきにスペアリブは食べたいので、僕は一人でも最低四菜頼んでいる。しかしここには実はマナーが存在していて、本来は一茶二菜が礼節的な分量らしい。10年前、僕が八菜頼んで端から平らげていたら、店員のオバちゃんに
「あんた、随分食べるわね」
とあきれられた。一人でテーブルいっぱいに8個の蒸籠を並べるのは、飲茶として、かなり逸脱した食べ方みたいだった。でも、こういう時の中国人のジェスチャーというのはカワイイので、愛くるしいオバちゃんなのである。
 次はオーダーである。上環店のマキシムはテーブルに用紙が積んである記入式だ。そして僕はこの瞬間、俄然、真剣になる。相当に緊張するのだ。何故ならここで漢字のメニューを読解して、自分の食べたいものをしっかりと頼みたいからだ。
 僕の好きな四菜は、
ハーカオ;透き通る皮に包まれた海老餡(プリプリ)
焼売;豚肉が黄色い皮に包まれ、海老入り蟹子のせ(思わず天を仰ぐ)
ちまき;もち米に鶏肉の醤油煮入りでロータスの葉で包まれる(アジアに感謝)
スペアリブ;豚のスペアリブにニンニクと豆鼓味つけ(最高の豚肉料理のひとつ)
の4種類である。これが実際のメニューには
鮮蝦餃
蟹仔滑焼賣
珍珠襦米鶏
豆鼓蒸排骨
と書かれている。漢文のテストみたいに難解である。発音できない。だからか選び出すのが大変だ。
 4つの蒸籠がテーブルに並んだ。ホカホカ湯気が立っている。
 僕はジャスミン茶を啜る。ずずー。間髪入れずにハーカオをぱくっと一口。はふはふ。プリプリしていて、文句なしの飲茶の王様だ。次は焼売。もぐもぐ、もぐもぐ。マキシムに匹敵する焼売を僕は日本で食べたことがない。理由はよく解らないが、根源的に何かが違うとしか言いようがない。デパ地下の某有名中華料理店の焼売は美味しいが、そんなことはもうどうでもいい。この焼売は天を仰ぐ旨さである。3番目はちまきだ。まずロータスの葉を開く。もち米の中には若鶏の醤油煮が入っている。干し貝柱入りのちょっと甘めの味付けである。もち米に肉汁が染みている。もぐもぐ、もぐもぐ。くうう、米って旨いの。アジアに感謝。最後にスペアリブである。肉は骨ぎわが旨い。ニンニクと赤唐辛子に豆鼓とネギの味付け。そして肉離れがよくなるまでしっかりと蒸してある。もぐもぐ、もぐもぐ。脂が甘い、肉味が濃い。最高だ。
 はあー、食べた食べた。
 んでもって、御会計お願いします。130香港ドルである。あれれ、また値上がりしたんじゃないの(約1700円)。香港は景気がいいからなあ。

 


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フグ味オンチ

  • 2014.07.31 Thursday
  • 13:55
 正直に告白すると、僕はフグの味がわからない。
 フグを食べる機会というのは、年に2回ほどであり、我ながら、関東人にしては割と良く食べているよなあ、と思う。それなのに、味については、皆目ちんぷんかんぷんなのである。
 其処は清らかな日本間であった。慣れない座布団で、床の間の掛け軸を眺めたり、肘置きに乗ってみたりして、僕はフグを待っていた。
 襖がスッと開いて料理が来た。女将が真ん中に皿を置いた。フグの刺身は親指の腹ほどに薄く切られて並べられている。
 伊万里焼の大皿に白菊が咲いているようである。飴色のフグの刺身を透いて、大皿の金襴なる精緻は景徳鎮を本幹とする意匠のはずである。
 僕は、季節にフグ料理をだす料亭にいるのであった。
 さっそく身細い箸先で刺身を一枚つまむと、分葱をいくらか、ポン酢をちょこっとつけて、口に運んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。
(やっぱり、フグって、味しないよな)
もしかしたら一枚だけだから、量が少なすぎて良くわからないのかもしれない。次にズズッーと4、5枚すくって、口に放り込む。口の中をフグの刺身でいっぱいにしてみる。もーぐもぐ、もぐもぐ。うーん、やっぱり味がしない。ポン酢と分葱の味ばっかりである。
「おい、フグをそんなに一度にたくさん食うな」
「もっと大切に味わえ」
げげ、同席している先輩方に怒られてしまった。
 まったく、恥ずかしい話なのだが、僕は完全なフグ味オンチだ。フグに誘ってくれた先輩には申し訳ないが、フグの刺身の味が全然わからない。
 というか、味するのか? フグ?

 そしてこの文章は僕にとって、実はかなりのチャレンジである。なぜなら、わからないものを言葉にする、ということをしようとしているからだ。まるで哲学のような命題である。無論、僕は哲学もちんぷんかんぷんである。まあ、それは置いておいて、先ずは文献をあたってみよう。
 フグ料理について書かれた文章はいくつか読んだ経験がある。しかし僕の記憶では、フグの刺身の味について、きちっと描写した文章はなかったように思うのだ。
 例えば村上春樹はフグについて書いていない。サンドイッチやコロッケについて書かれた文章はとても有名である。
 池波正太郎は大量の食のエッセイを残している。昭和の食についての文化遺産と言っても差し支えないと思われる。蕎麦やてんぷら、寿司についての文章は絶品である。しかしフグについてのエッセイは無いのだ。池波正太郎先生は江戸っ子だから仕方がないかもしれない。
 角田光代はフグのコースについて書いている。しかしフグの雑炊を絶賛するも、フグの刺身については「淡泊」の一言で、その後、フグネタから何故か男女関係へと話は流れてしまう。まあ、角田さんというのは自他ともに認める肉派であるから、当然なのかもしれない。
 魯山人はフグを「一等の魚である」と書いているが、味についての描写は無かったように記憶している。ムツゴロウ先生もしかりである。湯木貞一さんは料理人らしく「フクはとてもおいしいものです」と言葉少なく語っている。
 そして関西出身で最も期待される作家と言ったら、開高健だが、フグの刺身については書いていないのである。白子についてはちょこっと書いてある。しかし開高さんならフグの刺身をガバッっと食べて、味の本質をつかみ取るような描写を期待したいところだが、残念ながら無いのである。
 僕はふと思う。
 もしかして、みんな、避けてるんじゃないか? フグの刺身についての描写。僕と同じく、フグの刺身の味がわからない? フグ味オンチ? まあ、そんなことは無いと思うが、書きにくい対象であることは確かだ。結局、僕の書庫に有効な参考文献は見つからないのであった。

 フグ味オンチなのに、僕は何故フグ料理を食べに行くのだろう。フグの本場は西日本である。だからか関東ではフグ料理と言ったらかなりの高額である。フグコースは最低1万円から上は3万円4万円となる。10年前ほど前に低価格のチェーン店が東京に出現したが、定着はしていないようである。渋谷の道玄坂にあった店はいつの間にか閉店してしまった。
 フグ尽くしのコースというのはとても魅力的だ。ヒレ酒に火がついたら、煮こごりや皮の冷製に始まり、刺身、焼きフグに、揚げ物、そして季節には白子が出て、フグの鍋物が出る。そして最後には雑炊が待っているのである。
 このコースで僕が一番好きなのは、やはり雑炊だ。それは角田光代さんと全くの同意見である。
 フグの雑炊はとても澄んでいる。香りも穏やかである。しかし一口含むと、貝とも魚とも昆布とも酒とも肉ともいえないような、奥に一本芯の通った、素晴らしく滋味のある出汁がでている。そいつが米に出会うと天下一品の美味になるのである。
「なんでこんなに美味しいのだろう」
僕はフグの雑炊を口に含むたびに考え込んでしまう。感激するとか、ガッツポーズとか、そういう情熱的な味わいではなくて、あくまで穏やかで耽美的に、そしてしみじみと幸せになれる味なのである。だから雑炊を食べるために僕はフグ料理を食べに行くのだと思う。

 と、話を終わらせるわけにはいきませぬ。この文章で僕が書きたいのはフグの味についてなのでした。だからここまでがなんと長い前置きであり、これから本題であります。もとい。
 フグの刺身である。
 味はよくわからない。
 しかし舌ざわりは恐ろしく滑らかである。噛むとモチモチぷっちんとしていて歯ごたえが良い。しめたばかりのヒラメに似ているかもしれない。魚臭さや嫌味が全くない。そして刺身からは清冽な水気を感じる。魚野川の水で作った天日干しのコシヒカリのようだ。それから渋みも苦みもない。血生臭さもない。言ってしまえば、とにかく食べるのに小気味の良い蛋白質の小片というところか。
 あーあ、ほんとにフグ味オンチで申し訳ない。我が味覚においては、この程度の描写が限界であります。とほほ。
 だからか、僕はフグの刺身に焼きフグに揚げ物と食べていくと、この魚というのは、フィッシュアンドッチップスに仕立てちゃって、塩とモルトビネガーふりかけて、ザ・サンあたりのタブロイド紙で包み、ロンドンの下町でホクホクの奴を買い食いしながら歩いたら最高なんじゃないか、という妄想が止まらないのである。チェスターコートをぴったり着たレディに訝しまれつつ、そしてつまはあくまでチップスである。
 先輩には申し訳なくて言えない。


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