ドイツ女性と金庫

  • 2015.01.12 Monday
  • 10:14
 フランクフルトの郊外に泊まることにした。
 深遠な森にひっそりとした池があった。畔にホテルがある。18世紀に建てられた貴族の館だそうだ。
 前庭に車をとめて、芝生を分ける小路を歩いた。
 6月のフランクフルトは緑鮮やかで花があった。バラとラベンダーの香りが漂う。僕はホテルのドアをゆっくりと開いた。
「こんにちは。予約しているY島です」
「は、はい…。少々お待ちください…」
そう言い残すと、フロントの女性は奥へ引っ込んでしまった。20歳くらいの背の高い金髪の女性だ。
 ホテルは静かだった。
 うーむ。なんだなんだ? 何かまずいことしたかな。
 しばらくすると、彼女より年上のブルネットの女性が出てきた。
「お待たせしました。Y島さまですね。お待ちしておりました」流暢な英語である。
「パスポートと予約時のクレジットカードを拝見します」
「はい、これです」僕はドイツ語で返事をしてみた。
「あら、Y島さまは、ドイツ語を話すんですね」
「ちょっとだけ。僕はもっと話せるようになりたい」
彼女は微笑してパタパタとデータを打ち込んでいた。柔和な雰囲気だったので、僕は黙っていられなくなり、
「ねえ、さっきの女性は大丈夫かな? なんか顔色が悪い感じだったけど」
「うふふ。大丈夫ですよ」「彼女が部屋を案内します」
 チェックインが済み、振り返ると、さっきの女性がドアで持っていた。
 彼女は僕のトランクを持った。僕は彼女の後をついていった。母屋を出て別棟に入ると、彼女は階段を上がっていく。さすがにトランクを持った。
 2階には6つほどドアがあり、壁には狩猟の道具が飾られていた。もしかしたら、ここは城主の狩猟仲間が集まってワイワイやるためのゲストルームだったのかな。1階はオープンな居間になっていて、とても暖かい雰囲気なのであった。
 彼女は部屋を開けると、トランクを置いて、ライトのスイッチを確認し、そして一息つくと僕の方を向いた。
「何か、部屋の設備で解らないことはありますか…」わりときれいな英語だった。そして彼女はうつむいた。
 僕は部屋を見わたした。ベッドにクローゼット、コーヒーテーブルにチェア。エアコンはない。他にはテレビとライトがあるだけ。シンプルだが、ゆったりとしていて、リネンは清潔である。ベッドにはブックライトがついている。
 そうだ。ふと、気になることがあった。
 僕はクローゼットを開けて金庫を探した。奥に鉄塊みたいなドイツ製の金庫が鎮座していた。ためしに鍵を掛けてみる。うーむ、やはり、できない。堅牢なドイツ製金庫はヒルトンホテルなんかとは操作法が違うのであった。鍵と電子のダブルロックシステムである。
「この金庫の使い方を教えてもらえますか?」
「は、はい」
見ると、彼女は固唾を飲み、なにか痛々しいくらいの表情である。
「この金庫は、鍵と6ケタの暗証番号でロックする、金庫です」
英語がちょっとたどたどしくなってきた。そして僕はまるで新人の女子社員をいびる上司になったみたいな気がしてきた。ああ、そうだ。
「あのー、僕は日本人の旅行客です。ドイツが大好きで、ドイツ語を勉強したことがあります。そしてせっかくドイツに来たのだから、良かったらドイツ語を教えてくれませんか?」
「え、それでいいんですか?」
彼女は拍子抜けしたみたいだった。
 そしてみるみると真面目な機関銃みたいになった。
「最初にここに鍵を入れて左に回したら、次にこのボタンを押して任意の6ケタの数字を入力します。あなたはその数字を忘れてはいけません。そして最後に♯を押したら」
「あ、あのー、もうちょっとゆっくり話してもらえますか」笑ってごまかして、お願いした。
「あ、そうですよね」「こ・の・か・ぎ・を・い・れ・て・ひ・だ・り・に・ま・わ・し・た・ら・ボ・タ・ン・を・お・し・て・」
「じゃあ、実際にやってみましょう」「こ・の・か・ぎ・を」
彼女は僕の手を持つと、
「ひ・だ・り」
青い目を大きく開いて、まるで子供に言葉を教える母親みたいに。


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不満ANA

  • 2014.10.06 Monday
  • 21:59
 前回ANAへの愛を表明したが、実は不満もある。
 ちょっとネガティヴな文章になってしまいそうなので、最初にお断りしなければいけないが、僕はANAと別れたい、と思っているわけではないです。むしろこれからもバンバンANAに搭乗して世界を旅したい。
 ということで書きたいことを遠慮なく書いちゃおう。
 何と言っても、海外旅行で一番嫌なことは、飛行機に乗らねばならないことである。ビジネスクラスもファーストクラスもエコノミーも関係ない。飛行機なんか乗りたくないんだ! 飛行機なしでロンドンに到着できるなら、どんなに素晴らしいか。1年に20回はロンドン行きたい。
「来年の夏は、家族で帰省するんだ…」
夏のビーチでため息をついているのは、501@L34のアメリカ人である。素敵な奥様はイングランド北部の出身だ。まだ1年先の話なのに、アメリカ人の表情は真っ暗である。家族4人で英国に帰省すると、エコノミークラスで総額70万円かかるそうだ。
「いいじゃん、自分だけビジネスで行っちゃえよ」
「いや! それはだめだろ! そんなこと俺にはできない」「じゃY島は、家族旅行で、一人だけビジネスクラスに乗るわけ?」
「いや、それはまだ、やったことない」
「だろ」
「でも911前のニュヨーク便で、そういう家族を見たことあるぞ」「旦那がファーストクラスで、奥さん子供は後ろ」
「やばいだろ、それ。どんな雰囲気だった?」
「旦那は異様にハイなんだけど…」「奥さんは、家に帰ったら離婚してやる顔」
「だよな」
エコノミークラスでロンドンまで12時間。僕はデブだから肘置きが腹に刺さる。アメリカ人は膝が刺さる。
 不幸中の幸いだが、僕は飛行機に乗るのは怖くない。たまに機内で、ああこの人飛行機恐怖症なんだろうなあ、という淑女紳士を見つける。淑女は置いておいて、シックな紳士がランバンをきちっと着ているんだけど、もの凄い勢いで酒をあおっているのである。もう、本当に自ら進んでベロベロになっている。
「明日はもう死ぬんだ」「いや、今が地獄だ」
僕は高所恐怖症だから、ちょっと心中を察することができるかできないか。紳士は着陸の衝撃にビクっと反応した。
 ところで飛行機は気流が荒れていると揺れる。いや、正確に表現すると、揺れるというよりも落ちる。何メートル落ちているのかわからないが、機体がエアスポットに突っ込むと、ガクンと落ちるのである。ガクンならまだいいが、ガアーと落ちだすと、結構、怖い。そして個人的にもっと恐ろしいのは、シートベルトサインが永遠に消えないんじゃないか、という強迫的観念である。
 たまたま機内食が配られているときに、飛行機は気流の荒れているところに突入してしまった。ポンっと乾いた音がしてシートベルトサインが点灯した。CAはいそいそと通路のカートをしまい始めた。
「しまった」
僕はシートに座っていた。着席時にはベルトをする習慣なのでとりあえず問題はない。問題なのは景気よくコーラだのアイスティーをぐびぐび飲んだ僕の膀胱である。しまった、トイレに行ってない。
 さっきまで通路を機内食配膳カートがせき止めていたのだ。そのタイミングでトイレに行けるほど、僕の自己主張は強くない。もし僕がトイレに行こうと席を立てば、CAさんは配膳中のカートを通路の半ば戻さねばならないのである。
「うーむ」
 オシッコ行きたい。
 いや、まだ大丈夫。
 あと3分なら我慢できる。
 シートベルトサインは点灯したままである。非情にも、飛行機の揺れはどんどんひどくなってきた。ガクン、ガクガク、ゴー、ガクン。
 あ、あんまり揺れると、増々オシッコしたい。
 もー、エアポケット! いい加減にしろ! 頼むから終わってくれ。エアポケット。
 シートベルトサインを点けるタイミングが早いんじゃないの。点灯したときは、まだそんなに揺れて無かったよ。ANAは、そういうとこ、安全確実かつ慎重すぎる。S7航空なら今頃になって、点くか点かないかだ。サービスとは過保護ではなく顧客の自由を保護することなんだぞ。ああートイレ行きたい。
「皆様。機長はシートベルトサインを点灯しました。シートリクライニングをお戻しになり、シートベルトを…」
わかった。わかってるよ。
「レイディース アンド ジェントルメン。シートベルトサイン イズ…」
わかった。わかったから、わざわざ英語で言い直さなくていいから。
 ANAのCAの英語はなんか訛ってるし。もう不満だ。不満ANA。
 だ・め・だ・も・れ・そ・う。


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ANAとS7航空は好きです

  • 2014.10.06 Monday
  • 13:16
 「Y島さま。いつもANAのご利用ありがとうございます。本日担当のS木です」
突然、声がかかる。はっと顔を上げると美人が首にスカーフを巻いて紺色の制服に身を包み20センチ位に接近して微笑んでいる。
「よ、よろしくお願いします」僕は思わず、吃ってしまう。
 この人こそがいわゆるANAの象徴であるキャビンアテンダントだ。僕はマイル交換の香港行きのビジネスクラスシートに盗人みたいに座っていた。手数料を4000円くらいしか払ってない。それなのにあんな風に礼儀正しくされちゃうと、なんか悪いな。
 ANAのキャビンアテンダント(以下CA)のS木さんは、一言で言うと美人である。そしてシックである。狭い通路で彼女がおしぼりを配っているところへ、後ろから抱きつきたい衝動に駆られる。そんなことしちゃったら、まずいよなあ。セクハラで、デ禁は間違いない。ネットで有名になっちゃうかも。僕はすでにかなりの妄想モードなのであった。
 ふと機内を見渡す。S木さんみたいな美人CAが3、4人忙しく動いている。同じ髪型、制服、背丈、同じ笑顔、同じ仕草、銀色のアクセサリー。あれれ、だんだん見分けがつかなくなってきたぞ、彼女たちはこの前もその前も彼女たちだった、ような気がしてくる…世界の時空が歪む。
 海外旅行しよう、という時に僕はまずANAのホームページを開く。飛んでない時だけ他の航空会社を探す。ANAビザカードを持ち、普段のお買い物で使った分はマイルに交換する、という程度のANAファンである。
 だからマイルは結構たまっていて、時々アジア方面の航空券に交換している。良い時期の無料航空券はなかなか取得できないから、それに合わせて休みを取るのが難しいのだが、もっともお得感が高いと思っている。
 2001年まではアメリカのユナイテッド航空が元気であった。ユナイテッドといえばスターアライアンス。スターアライアンスといえばマイレッジプログラム。僕は職場の人々と競い合うようにしてマイルをため込んでいた。安く航空券を買って、可能な限りのマイルを貯め込み、そしてどうやってお得感のあるアップグレードや無料航空券に交換するかを競っていたものである。滞在1日のニューオリンズや滞在2時間のロサンジェルス旅行をする人もいた。そういう行為はマイル修行と呼ばれた。僕はニューヨークが好きだったので、時間があればエコノミークラスのシートでJFK空港に飛んだ。何回ニューヨーク1泊旅行の修行をしたことか。土曜の深夜、ソーホー近傍のバーレストランで、
「じゃーねー、また来週の土曜日8時」
アホである。そして9月11日に自由を奪われた。
 日本のスターアライアンス加盟はANAである。僕がANAファンなのはその延長線にあると思う。だから自分のお金で海外旅行をするようになってから、ANAとは15年以上の付き合いになる。こうなってくると、次はJALにしようかな、という気は全く起きない。そしてANAというのは、時間の遅れ、荷物のミス、事故などの少ない信頼のおける航空会社である。だから僕は別れようと考えたこともない。わりに不満はあるので、次の機会に書きたい。でも、別れたくはないんです。
 ところで近年ANA以外に利用する航空会社はS7航空(シベリア航空)である。ロシアのハバロフスクへ年に1度は旅行することになったからである。
 成田ハバロフスク便のS7航空はどうなの? と聞かれたら、…うーん、チャーミングですよ、と答えるしかない。成田でもハバロフスク空港でもターミナルからバスに乗ってタラップを登り下りしなければならない。飛行機は小型の1列6人掛けだし、時間の遅れや、荷物の管理などは、ANAとは比べ物にならない。機内の装備は貧弱で、小さなトラブルは日常茶飯事である。S7航空に乗るとANAがいかに高いレベルで航空業務を行っているのかよくわかる。
 しかし、ですね。
 他に選択肢が無いから何とも言いようがないのだけれど、ロシアのハバロフスクへ飛ぶための飛行機なんだけど、やっぱりS7航空って駄目じゃない? と言われると、いや、そんなこともないですよ、と擁護したくなる心持なのである。
 高度の安定した機内では、紙パックがひとつ、ポンと置かれる。それだけである。それが機内サービスの全てだ。ライムグリーンの駅弁大の紙パックを開けると、プッチンプリンみたいなリンゴジュースにパンとハムとサラミそしてベッタリした色のケーキ。
 あなたは作用反作用の法則に気を使いながらプッチンプリンのビニールの蓋を開けなければならない。そしてリンゴジュースを飲めば、何のことはない、セブンイレブンで一番安いリンゴジュースである。次にパンをつかんで穴をあけ、チーズとサラミを挟み、ぱくっと一口齧ってほしい。もぐもぐ、もぐもぐ。冷や飯みたいな冷えパンだが、芯の強い粉味とほのかな甘味がするのに気づかれるであろう。チーズとサラミもしっとりとしている。もしかすると僕は日本人だからパンとチーズの味を本当に理解していないのかもしれない。
 隣のロシア人のお母さんを見ると、もうこんなのないわ、という暗い顔をしている。反対の中学生は中身だけくりぬいて食べている。
 そして座席にはもちろん前方の壁にもテレビひとつついていない。トイレに入ると紙はある。しかしクリームとかウエットティッシュとか綿棒とか、余計なものは一切無い。
 無い無い尽くしのS7航空の機内なのだがCAはとても親切である。ロシアの美人性を差し引いたとしても、とても親切な人たちであり好感が持てる。彼女たちのサービスを見ていると、日本人に特に気を使っていると思う。入国カードが無かったり、トイレの紙を切らしていたりするのは御愛嬌である。
 高度に発展していない国というのは、システムの構築性と信頼性が低い。ロシアはその典型的な国だ。そうなると現場で働く人は、右往左往するか、あるいは私の責任じゃないわ、と居直るかのどちらかである。
 システムの信頼性に慣れきっている日本人はそういう時に真剣に怒る。日本刀を抜くのである。結構、日本人も迫力あるよね。  


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タイ料理と日本と (タイシリーズその9最終回)

  • 2014.06.18 Wednesday
  • 19:12
 タイはトムヤンクンの発祥の地でありタイカレーがどこでも食べられる。ナムプラー(魚醤)は癖になるし、米はいくらでもある。タイ風ラーメンやパッタイという焼きそばがあり、そしてチャーハンがある。豚や鶏や魚の料理は数多あって、野菜や果物が豊富に採れて海老の一大産地である。
 一見するとタイ料理は中華やインド料理に似ている。タイの北側に山岳地帯があるが、それらの国々とは陸続きであり、古くから交流があると考えられる。でも何故タイ料理は―日本人の僕がさほど違和感なく―美味しく食べられるであろうか。
 タイ王国の歴史を読むとバンコックに都が定まったのは1782年である。タイランド湾に面した南アジアの都市へと、インドや中東あるいはヨーロッパの人々が海を渡ってやってきて、そして持ち込んできたおびただしいものものによりタイ料理は変化してきたと考えられる。そうして魅力のある文化がつくられていったのではないか。
 タイ料理の象徴はトムヤンクンだと思う。
 ボディのあるスープに野菜とキノコと海老が入り、塩気があり甘くて酸っぱくて辛い。辛さはマイルドから激辛まであり、パクチーやレモングラスのような生ハーブが添えられる。たった一つのスープにたくさんの味が含まれていて、その構築性とバランスの妙にうむと言わせられたり、豪華絢爛に感覚を刺激されたりする。こういう料理を食べていると、日本に蔓延する「素材の味をそのまま」「塩で」至上主義みたいなのは、素朴な家庭料理ならまだしも、料亭料理としては、ちょっとした疑問を持たざるを得ない。乏しさが故の開き直りの感があり、誤作動した茶の湯の精神みたいにも感じる。
 10年前に僕はタイ風ラーメンを食べて絶句した。ちゃちゃっと作られたモツ入りのライスヌードルだったが、スープのキレとコクは想像を超えた。60円という値段にも唸ってしまった。うーむ。
「もう一杯ください」
スープはナムサイという澄まし系だった。豚肉と鶏ガラでとったスープで、テーブルには一味唐辛子、青唐辛子入りの酢、砂糖、魚醤などが置いてあった。どうぞ御自分で自由に味付けしてください、というスタイルである。こういう大らかなところに、僕はすっぽりと包まれてしまったのかもしれない。
 ところで、もし料理の世界地図があったなら、タイや中国は同系統の色に塗られるだろう。日本列島は一番変わった色だと思う。まとまった1億人が米と大豆と魚貝ばかり食べていた、という地域は世界を探しても日本だけだ。
 わざわざ書くのも憚るが、僕は納豆ご飯が好きである。ワカメやシジミの味噌汁は旨いし、サバの味噌煮も好き、アジやイカの刺身を好んで食べる。ご存じの通り、こういう料理は世界でも突出している。最近SUSHIレストランが世界で流行していて嬉しくなるが、納豆巻きと青物とイカの握りだけでは、まず成功できないだろう。外国人は気持ち悪くて箸もつけられないと思う。
 だから外国の料理を味わう時に、僕の頭に浮かぶのは「日本人が一番変わっている」「自分は世界の変人」という形而上学的観念みたいなものである。タイ料理はアジアのコンチネンタルであり、僕は日本という究極のオリエントからやってきたのだ。
 それを感じていたいから僕は旅に出るのかもしれない。

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アクセル全開。それは決定事項 (タイシリーズその8)

  • 2014.06.12 Thursday
  • 13:12
 タイのパタヤにいる。
「ここで諦めたら、二度とマリンジェットに乗れないな」
僕はヤマハの102馬力のハンドルをギュッと握っていた。
 今、別れたら、それは今生の別れとなる。大仰な物言いではなく40余年生きた実感である。若くないから、次はないのだ。
 そんなの悔しい。
 しかし、さっきから海にぷかぷか浮いているのだが、なんとなく船体が安定してきている気がする。シートを内股で強く挟み込んで、腰をリラックスしてみる。スポーツジムの乗馬マシンと同じ感じだ。おお、何とか停船していられるではないか。
 僅かだが気持ちの余裕ができたら、急に視界が広がった。
 そこは青い海であった。波もなく、オフ・ショアの風がゆるやかに吹いている。そして見渡す限りの海と、僕とマリンジェットだけ。
「なんてこと」
とてもチャーミングな南国の海だった。
 そう言えば噂では、東京湾は渋滞になるらしい。水上バイクによる東京横浜間のツーリングが人気だそうである。湾内の水上バイクの航路は制限されているので、夏季には狭い水路で渋滞が起こるというのだ。
 神田川でノロノロ運転するところを想像する。水上バイクがぎっしりと並んでいる。脇見をすると右岸も左岸も、黒ずんだコンクリートの壁である。ガードレールの向うにハイエースが走っている。ああ、いやだ。僕は川とか池とか、そんなジェットに憧れたのではない、海、それも絶対、南の海。パールのネックレスみたいに、南の島を突っ走る。マイ・オールブルー。
「今、夢のようなところにいる」
立ち直りのきっかけは、忙しない小商売人みたいで情けないのだが、僕の思考は前へ向いた。スポーツ選手のメンタルトレーニングを思い出した。この状況だと、こけたくないと思うから、怖いのだ。こけてもいい、いや、むしろ一回ぐらい豪快にこけてみよう、とイメージする。そしてあっちの岩まで、アクセル全開。それは決定事項であり、絶対にアクセルを緩めない、と決めたのであった。
 さあ、後はやるだけである。
「うおおおお」アクセル全開。
 恐怖からの解放、そして自由、きらきらした海面、咆哮する102馬力のエンジン。
 日本に帰ったら免許取り直し。うほほ。


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マリンジェットなんか借りるんじゃなかった (タイシリーズその7)

  • 2014.06.10 Tuesday
  • 20:03
 タイのパタヤにいる。
 マリンジェットに乗るぞ。
 ビーチにぷかぷかと浮いているのはMJ-VXという3人乗り102馬力のモデルである。ヤマハのラインナップにはエンジンで分けると3つのモデルがあり、102馬力、160馬力、250馬力である。
 僕は後ろから乗り込んでまたがった。停船中が最も不安定だ。レンタル屋のお兄ちゃんが押さえてくれているが、おお、結構、揺れるな。グラッと立ちごけしそうになる。何とか、バランスをとった。
 アクセルを少し握る。ブゥオオオ。ジェット発進。うお、は、速い。
 3人乗りのマリンジェットは、かなり安定性がいい。二人乗りや一人乗りだと、乗った瞬間に立ちごけして、海に放り出されるのが常だが、3人乗りはよほど下手な動きをしなければぷかぷかと浮いていてくれるのである。
 アクセルをもう少し握る。ブゥオオオオー。は、速い。怖いぞ。これで102馬力なのか。パワーがありすぎて、とてもじゃないがアクセル全開なんてできない。
 ところでマリンジェットはヤマハの水上バイクに使われる名前である。ジェットスキーはカワサキである。それらは商品名で一般名は水上バイクだ。カワサキの方がマニアックで速い。ヤマハはちょっと大人しいが、故障が少なく扱いやすい。性質はオートバイに似ている。
 そして僕は、海が初めてなのであった。免許は川の教習所で取った。その後二人乗りのマリンジェットを河口で一回乗っただけだ。
 海って、波があるじゃん。揺れて、怖いよ。
 穏やかなパタヤのウオンアマットビーチなのだが、小さな波とうねりはある。海面にウサギは飛んでいないし、沖から波のセットみたいなものは全くやってこない。もし僕がサーファーなら「ベタ凪ぎ、帰ろ」、という本日の海である。
 僕はアクセルを3分の1ほど開いたままマリンジェットの上に固まっていた。20キロも出ていないはずだが、海面のうねりでバランスを崩しそうになる。上下動に加えて、前に突っ込むのが怖いし、左右のバランスもうまく取れない、そしてどうやって曲がっていいのかわからない。
 10分が経過した。ああーマリンジェットなんか借りるんじゃなかった。後20分もこんな思いをするのは辛すぎる。もう疲れたし、面白くないし、首が痛くなってきた。
 思い返せば、免許を取ったのは6年前である。すぐに友人の二人乗りジェットに乗ったのだが、怖くて怖くて、全然楽しくないうえに、着岸のときに立ちごけして河に放り出され、水中から乗り込むことができなくて、死にそうな思いをしたのであった。それからは一回も乗ったことがなかった。
 だから免許はすでに失効している。
 急に海面が下がった、船体がバウンドする。そして水の壁に鼻を突っ込んで、前のめりになる。僕は思わずアクセルを緩めてしまった。バランスを失う。ああ、落ちるー。ドタバタ。
 はあはあはあ、なんとか堪えた。小うねりにやられるところだった。時計を見ると15分が経過している。
「もうやだな」
「帰ろうかな」
ウオンアマットビーチの沖合で、僕はマリンジェットに乗ってぷかぷか浮いていた。


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ごめんね、他の日本人…  (タイシリーズその6)

  • 2014.06.04 Wednesday
  • 19:09
 タイのパタヤにいる。
 ヤマハ・マリンジェット(水上バイク)のレンタルを見つけた。
「これ、レンタルいくら?」
「30分1500バーツネ」
うーむ。安いのか高いのか全然わからない。30分で4500円なのだが、タイのパタヤだと、この値段はどうなんだろう。日本のレンタルは3時間で2万5千円くらいのはずである。ということは、30分4500円は、それなりに真っ当な値段なんじゃないか…。
 だが、万が一、借りた水上バイクを壊してしまったりすると、法外な料金を請求されたりするらしい。それでタイのマフィアが出てきたりして、何かとトラブルになるのでマリンジェットは気を付けて借りてください、とガイドブックに書いてあった。例えばここで値切ったりすると、結果的に少し安くなったにしても、後で難癖つけられたりして面倒なことになるのかもしれない。
 僕はパタヤのウオンアマットビーチで悩んでいた。
 マリンジェット乗りたい。
 実は、僕は外国旅行のショッピングで値切るのが苦手である。店員に1500バーツと言われてしまうと、そうか、それが正規の値段なのか、と簡単に納得してしまうのである。そんな弱気な態度では、カモにされるのは当然だろう。
 この旅でもすでにやってしまっている。
 昨日のことである。ビーサンだと指の股が痛いのでストラップつきのサンダルを買った。僕の足は29cmなので(幅がでかい)、日本だとサイズがなかなか見つからない。たまたま通りかかった、表通りのサンダル屋の陳列棚に、良さそうなサイズを見つけたのであった。
「29cmある?」
「アリマス、アリマス、コレハイテミテ」
僕のデカ足にピッタリである。なかなかいいな。
「いくら?」
中東系と思われる店員は、サンダルについている値札を指差した。見ると498バーツとプリントされている。1500円か。有名ブランド品ではないが、なかなかしっかりとした履き心地である。デザインもまあまあだ。1500円というのは日本なら普通の値段だと思うが、タイでは高いんだろう。よし、ここは値切ってみよう。
「400バーツでどうだ」
「OK、OK」
商談はあっさりと終わった。よっしゃ、100バーツ値切ったぞ(−300円)。僕は軽い足取りで表通りから裏通りへ入ったのであった。ちょっと歩くと、またサンダル屋があり、見ると僕が買ったのと全く同じ商品が陳列されていた。
 陳列棚に手書きの札が下がっている。
(200バーツ均一)
がくっ。
 倍の値段で買っちゃったよ。さっきの中東系の店員め、二つ返事で、なんかおかしいなと思ったんだよな。良く考えたら、この街はアメリカ人とかヨーロピアンの観光客ばかりなんだからUS11のサイズは汎用品じゃないか。そして札から更に値引き交渉となれば、実勢価格は150バーツ(450円)くらいか…。あーあ、やっちゃった。
 ごめんね、他の日本人観光客。
 僕は、また、ぼられてしまいました。日本人カモ伝説。

 「じゃあ、お願い」
そして僕は、結局のところ、マリンジェット乗りたさに、素直に1500バーツをレンタル屋のお兄ちゃんに払ってしまったのであった。


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パタヤのスーパーマーケット(タイシリーズその5)

  • 2014.05.28 Wednesday
  • 19:21
 タイのパタヤにいる。
 僕はトゥクトゥクの荷台で揺られていた。
 ビーチロードの賑わっている辺りに来たので、僕は屋根のボタンを押した。間もなくトゥクトゥクは停車した。僕は荷台から飛び降りて、助手席に10バーツ(30円)払った。
 ビーチの砂は灰白色で、波は穏やかであった。
 道路に屋台が出ていた。ジュースやクレープ、焼き鳥や茹で海老を売っている。屋台は黒ずんだ木製で、朽果てる寸前の代物に見える。そして道端では、排水溝のブロックが抜けていて、そこから海老と果物が腐ったような臭いが吹き上げてくる。
 ビーチロードに店が並んでいた。バーやレストラン、土産物屋やサンダル屋、マッサージ屋などである。
 僕は海から離れるようにセカンドロードへ向かった。BigCというスーパーマーケットに着いた。広々として清潔なスーパーマーケットであり、買い物客は外国人が多い。市場に比べれば高いのかもしれないが、とりあえず、僕みたいな素人の外国人には、こういう画一的な施設の方がありがたい。
 店内を巡った。
 うーむ。果物が安い。カットされたパイナップルとスイカがトレーに山盛りで30バーツである。4、5人分はある。この状態でこの値段ということは、もし市場なら、パイナップル1個10バーツ程度なのだろうか。マナガツオが一匹50バーツ。豚や鶏は日本の3分の1の値段である。そして分葱やニラやレモングラスといったハーブ類が安い。緑鮮やかなそれらは一束5バーツで売られている。この値段なら、煮込み料理に複雑なハーブの香りを添えよう、という考えも生まれる。
「食費がめちゃめちゃ安いな」
外国人用スーパーマーケットでこの値段なのだから、市場へ行けばもっと安いに違いない。
 逆も見つけた。
 資生堂やコーセーなど、日本の化粧品が異様に高いのである。更に日本製品だけ小型のプラスチックケースに入れられている。僕が使用しているロート製薬のヒアルロン酸入り美容液が550バーツ(1650円)で売っていた。マツキヨなら780円だ。
 アメニティだの飲み物だのフルーツだのスナックだのと、山ほど持ってレジへ行く。レジの女子はテキパキと商品タグを読み取り、種類ごとにビニール袋に分けた。紀伊国屋のレジの二人を一人でこなしている感じである。
 僕は両手にビニール袋を下げBigCを後にしたのであった。欲しい物が、もの凄く安く買えたときって、耳の下辺りから汁が出ますよね。ドクンと。
「この国、ちょっと住みたいかも」
パタヤの楽園性に、多幸感を抱いている僕なのであった。

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パタヤのトゥクトゥク (タイシリーズその4)

  • 2014.05.20 Tuesday
  • 18:46
 僕はベッドで本を読んでいた。
 急に文字が細くなった。窓の光が白銀色に変わっていた。空を見上げると雲が出ている。クーラーを冷たく感じたので、本を閉じてベッドから起きた。
 備え付けの水を沸かして、インスタントコーヒーを作った。
 コーヒーを飲む。特に美味しくはない、が、一息つく。
 そう、僕はこのホテルにしばらく滞在する予定なのだが、部屋のアメニティや飲みものが心許ないのであった。
 スーパーマーケットに行こう。
 ホテルを出ると、雨が降りはじめた。太陽は雲に隠れ、気温が下がっていた。雨は肌にむしろ心地よく感じる。
 表通りへ出た。ぐるりと見渡すと、もう、ドンチャカしたタイの街である。
 ホテルはパタヤの北側にあり、ドルフィンと呼ばれるロータリーの近くであった。ロータリーは5本の幹線道路が交差して中心にイルカの彫刻がある。行き交うバイクや車やバスなどで大渋滞である。
 しかし、どこにも信号がない。
 信号がない、ということは、どうやって道を渡ればいいのだろう、と考えてしまった。そしてその後すぐに、そう考えてしまった自分が可笑しくなる。我ながら日本人だなあ、指定された横断歩道、ではないところを渡るのは反社会的行為である、と完全に刷り込まれてしまっている。そういう制度と秩序ある社会が当たり前だと思っているから、僕は道を渡れないのだ。
 車の切れ目を見つけて、右手を挙げて、迫りくる車にガンをつけて、空手で制止しながら走って渡るしかないじゃないか。
 と、心中では威勢がいいのだが、実際にはなかなか足が出ない。まごまごしていると後ろからオバちゃんが来て間髪入れずに渡り始めたので、バタバタと後ろについて行った。焦ったものだから、途中でビーチサンダルがひっくり返って、つまずいてしまった。ああ、車にひかれちゃうかも。やっとのことで道路を渡った。
「タクシー、タクシー、ヘイ」声がかかる。道路端で座り込んでいる運転手のオッチャンである。僕みたいな観光客を待ち構えているタイ人だ。「ノー、タクシー、イラナイ」虚を突かれたので、表情に毅然さをつくることもできず、妙な返事をして、へらへらしながら手を横に振っていた。我ながら情けないのであった。
 道路には流しのトゥクトゥクが通りかかる、気を取り直した僕は、右手を挙げた。トゥクトゥクは停車してくれたので、後ろから乗り込んだ。
 パタヤの移動にはバスやタクシーがありトゥクトゥクがある。トゥクトゥクが一番安くて1回10バーツ(30円)である。
 現在のパタヤのトゥクトゥクは、トラックの荷台を改造した乗り合いバスである。荷台に屋根と手すりをつけて、長椅子を左右に設置した簡単な乗り物だ。12人乗るとギュウギュウになる。トラックの荷台へ座るのだから、トゥクトゥクの安全性には問題があると思う。他の国ではちょっとありえない乗り物である。
 しかしトラックの荷台で揺られるのは、思いのほか素敵で、通り過ぎていく南国の風がとても気持ちよかった。


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タイ パタヤ 角田光代さんのエッセイ (タイシリーズその3)

  • 2014.05.15 Thursday
  • 13:02
 タイのパタヤにいる。
 プールの傍らには南国の森が広がっていて、バンガローが散在していた。
 昼時になると太陽は強くなった。ひとしきりプールで泳いだ僕は、バンガローに帰ることにした。
 紅花に彩られた小道を歩いて、石段をあがると玄関のデッキであった。白塗りのドアを開けると、藍色の部屋に入った。
 僕はシャワーを浴びタオルを体に巻きつけて、クーラーに当たった。
 窓のシェードを半分ほど開けると、斜めに光が入ってきて部屋は水色になった。そしてふと思いついて、ベッドを窓際へ動かした。
 僕は旅行鞄を探した。
 そして鞄のマガジンポケットを引っ張る。何も入っていない。おかしい、荷づくりの時に確か2、3冊の本を入れたと思ったのだが。
 次に鞄を開けてみる。中はごちゃごちゃとしている。あれ、無い。
 困った。本が無いなんて。
 僕は記憶を辿ってみる。確かに、旅行前は忙しくて、出発の2時間前まで仕事をしていた。その後、飛行機は深夜に出発したので、仮眠していて本を確認しなかった。ひょっとすると、忘れたか。いや、本を選んだことは記憶に残っている。
 暑い、何か記憶がぼやけている。
 何日か前、僕は棚から本を取り出した。旅行のためにいくつかの小説を選んだはずだ。読みかけの長編小説もあったと思う。もしかすると、選んだだけで、鞄に入れるのを忘れてしまったのかもしれない。自宅の机に置いたままになっているのだろうか。
 僕は恐ろしくなった。旅が台無しになってしまうかもしれない。この街で日本の本は手に入るのであろうか。
 僕は鞄の中をかき回した。藁にもすがる思いである。ジプロックの袋をいくつかバウチャーの紙束やコットンセーターをとり出した。鞄がほとんど空になると、
「あ、あった」
本が一冊、鞄の底で丸くなっていた。
(いつも旅の中 角田光代)
選んだ本ではない。でも、良かった。入れっぱなしの幸運だ。
 僕はベッドに寝転がった。クーラーから出た冷気が水色の壁を伝って背中に当たる。ベッドに白いコットンシーツが敷かれている。窓から差し込む光で、白が眩しい。
 僕は本を開いた。文字が鮮明に見える。読むと鮮やかに情景が広がる。
 (いつも旅の中)に、はつ恋というエッセイがある。角田光代さんがプーケットへ旅をするところから始まるタイについてのエッセイである。
 私はタイが大好きである、と角田さんは書いている。プロが好きなことについて書いた文章を読むのは、とても楽しい。
 ここはタイのパタヤである。


JUGEMテーマ:旅行


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