ロシアの日用品とシナボン

  • 2017.06.11 Sunday
  • 19:27
 僕はカリニナ通りのアパートを出て、トロリーバスの停留所に立っていた。今日の天気は晴れ、マイナス15度の昼下がりである。黄色いトロリーバスは5分と待たずにやってきた。手を上げて、僕は少し大袈裟に乗車のアピールをした。ロシアに来ると自己表現が過剰気味になっている。まあ、僕にとってはいいことであり、長女に言わせるとちょっと恥ずかしいとのことである。 
 トロリーバスに乗り込む。後方の空席に座る。車掌がきたので、用意していた25ルーブルを渡した。お釣りとチケットをもらった。50円ほど。
「スパシバ」
僕はロシアにいるととにかくスパシバ(ありがとう)と言っている。当たり前のやりとりをするとき、そして「いらない」と断るときには、必ずスパシバと言うようにしている。英語のノーサンキューである。ロシア人の厳しい表情が少し緩む感じがする。
 ロシアのハバロフスクは中国と国境を接する極東地方にある。人種はロシア系の白人がほとんどで、高麗系の人たちがいる。日系は極端に少ない。
 10分走るとシベリア鉄道の近くに来たのでトロリーバスを降りた。幹線道路の立体交差があり、その周囲の土地は再開発されていて、ショッピングモールになっている。
 僕の目当ての店はスーパーマーケットであった。街一番の大きさで、値段も安くて、地元で人気のスーパーマーケット。2階は日用品売り場になっている。
 店内に入ると、警備員が数名いた。引き締まった体躯をした若い男たちである。動きがしなやかだ。
 今のところロシアにおいてスーパーマーケットと警備員は切っても切れない関係みたいだ。

 店内は女性が多い。フードにファーのついた黒いハーフコートをよく見る。しかしミンクのロングコートも時々見る。おばあちゃんが多い。そして毛皮の帽子を被っている。
 冬のハバロフスクは帽子に手袋そしてコートが絶対に必要である。マイナス30度の世界は、チェスターコートを着ていられる状況ではなくて、天然素材ならミンクなどの毛皮、現代的には防水性素材にダウンのインナーが必要になると思う。そして首の保護がとても大切で、うなじを露出しているとあとで頭痛に襲われてしまう。だからウシャンカというファーのついたロシア帽は、イコンではなくて本来は機能なのだと思う。
 ところで今日の僕のお目当はキッチン用品なのであった。ロシアでしか買えないキッチン用品を探すのだ。
 あ、いいフォーク見つけた。縦のストライプのフォーク。素材は薄めのステンレスで、ペラっとした感触だが、重心の位置は完璧である。持ち手は滑らかで、フォークの先は平たくて尖っている。なかなか鋭いので皿に当たるとカチッと音がしそうだが、回転もしやすいし、軽いので手と一体化するのが素晴らしい。大きさも中庸である。うーむ、なかなかいいフォークじゃないの。朝飯の目玉焼きを切ったり突いたりするのに、とても使いやすそうだ。170円なので、6本買おう。日本では見たことのない意匠のフォークなのであった。東欧の四角いコンクリートの建物みたいに素っ気ないけど、使い易いに違いない。
 次に茶こしを見つけた。緑のプラスチックに網が張ってある。子供のおもちゃみたいだが、シンプルでいいデザインだ。使用目的と素材の安っぽさのバランスが絶妙に取れている。150円なので中型のサイズを2個買ってみる。僕は冷たいジャスミンティを常飲するので、茶こしは毎日、何回も使うのである。
 るんるんるん。
 僕は調子よくショッピングしていた。コンランショップの10分の1の値段で、欲しいものが見つかるのは楽しい。ロシアの日用品売り場はなかなかの宝庫である。
 しかしどうにも触手が伸びないものもある。それは食器類。イケア的なシンプルモダン傾向にあるとはいえ、メインの商品はまだまだ保守的なようだ。言い換えればロシア文化的である。文化というのは部外者が見るとエキゾチックである。しかし、ときどき滑稽なこともある。
 ロシアの食器はやはりティーカップとソーサーに象徴されると思う。薄くて金縁の花柄の、色は赤系。値段は350円にしては綺麗だが、もちろんプリント焼きの安物である。ロシアのおばあちゃんぽいというか。失礼かもしれないが、おばあちゃんはロシア語でババシュカ。ババシュカのお手製ボルシチは最高に美味しい。
 商品棚から、ピンクの薔薇のティーカップを手に取ってみる。薄手で口元が開いていて、縁が金色に塗られている。持ち手に入るのは、僕の人差し指の先だけだ。第一関節が通過しない。ぐいっとマグみたいにモテないのである。思わず小指が立ってしまいそう。そうなると、内容量は220mlくらいか。僕には全然足りない。350は欲しいところである。
「うーん。こういうのは絶対買わないよな」
でも見るだけなら、本当に楽しい。ババシュカー。壁一面にティーカップとソーサーが並んでいた。
 赤金系だよなあ、ロシアだロシア。本当にこんなにたくさん売ってるよ。
 店内は広く、全ての商品を見ることができなかったので、明日また来ようかな。時間が来たので、おやつを食べに隣のショッピングモールへと向かった。長女と待ち合わせをしているのであった。

 約15年前の東京。吉祥寺にシナボンがありシナモンロールを盛大に売っていた。アメリカ生まれで、日本においていくつかのチェーン店舗を展開したようだが、いつの間にやら撤収されてしまった。そのあとは米軍基地でしか手に入らない幻のスイーツであった。
 2017年現在、再チャレンジということで、六本木ヒルズ近傍に小さな店舗がある。アメリカ人を中心にかなりの人気のようである。が、しかし、実際に食べてみると、昔に比べて、甘さもカロリーもイマイチ迫力にかけるシナモンロールなのであった。アメリカンオリジナルは日本人に受け入れられなかったから、いわゆる甘すぎなくて美味しいスイーツを目指しているのかもしれない。
 そんな日本の小難しい事情とはかけ離れているロシア・ハバロフスクである。
 ハバロスフクにはシナボンが2店舗ある。どちらの店も混んでいる。そしてその甘さや美味しさは、とても良いらしく、うちの長女曰く、
「ハバロフスクのシナボンは美味しい」「日本のシナボンはまずい」「ロシアのシナボンは美味しい」
シナボンはアメリカのチェーン店なんだけど…、よーしわかった、そこまで言うなら、ハバロフスクのシナボン食べに行こうぜ。
「いーわよ」「絶対ハバロフスクの方が美味しいから」「食べてみないことには話しにならん」というやりとりを日本でやっていたのであった。

 シナボンに到着した。ママと長女が待っていた。長女は日本語とロシア語を話せるので、通訳を頼む。
「自分で頼んでよ」
「お前、ロシア語、話せるだろ」
「話せるけど、話したくないの」
「そんなこと言わないで、通訳してよ。コーラとシーザーサラダとクラッシックシナボンとコーヒー」
「そんなにいっぱい?」
「コーヒーはアメリカンコーヒーのLサイズね」
「そんなの自分で頼めばいいじゃない」
「あったかいやつ」
 思春期の長女はなかなかつれないが、きちっとオーダーしてくれたようだ。3人分のトレーを持って席を探した。
 座席は日本と違ってゆったりとしていた。六本木ヒルズ近傍のシナボンの店は狭い。これはもうどうしようもないことだが、日本を離れると世界はゆったりと座れるのであった。
 クラッシックシナボンは看板商品のシナモンロールである。バターやクリームチーズであろうか、見るからにクリーミー。さらにべったりとシュガーコーティングされている。日本のシナボンの倍だな、と直感的に思う。甘さとカロリーである。
 一口食べる。もぐもぐ、もぐもぐ。予感は当たった。とてつもなくパワフルだ。甘くてクリーミーでシナモン風味のベタベタの菓子パンである。今まで食べた中で、最もパワフルだ。横田基地のお土産よりパワフルなんじゃないか。日本のスターバックスのシナモンロールの20倍くらい甘い。思わずコーヒーを飲む。
 うーん。六本木とハバロフスク、どっちが美味いだろう。というか比較にならないくらいハバロフスクの方がパワフルだ。まるで井川遥とスカーレットヨハンソンを比べているみたいに。どちらが良いのか、という問題にならない。
「ハバロフスクのシナボンの方が美味しいでしょ」
長女に迫られる。
「うーん…」
「美味しくないの?」
「いや、すごく美味しい。ハバロフスクのシナボンは美味しい」
「日本のシナボンより美味しいでしょう」
「うん…、そうだね。でもさ、井川遥って本当に綺麗なんだよ」
「何?」


 
 


  
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

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ロシアのバナナの旬

  • 2017.04.22 Saturday
  • 20:40
 もう4月である。1月のロシア旅行から時間が経って、細かなディテールは忘れ始めている。
 マイナス30度で道路が完全に凍る街を旅してみて、僕はいくつかの経験を得た。
 一つは防寒着の重要性である。
 日本のウルトラマイクロダウンで突入したら5分と持たない。ビーニーも厚手の物が必要だ。そして凍っている道路を歩くのは、足が強くないとなかなかできないと思う。特に下り坂が危険だ。 そして建物の中は温水暖房でホカホカである。内外の気温差が50度ある。建物のドアを開けると空気が音を立てて交錯する。ビュッとカマイタチが通る。
 カリニナ通りのアパートの近くには中央市場があった。広さは築地の魚市場並み。商品を山積みにした小さな店がぎっしりと並んでいるが、サラミなどの豚肉加工品、チーズ、魚、お菓子、肉、野菜など、それぞれが専門店でとても賑やかなのであった。
 ところで、こういう極寒の地で、果物は何を食べているのだろう、ふと疑問に思った僕は、果物屋を探した。ラズベリー、ブルーベリー、りんごが目についた。りんごは赤だけではなくて洋梨のような色をしているのも人気である。そして、ここロシアでもバナナがスーパースターなのであった。店の商品棚の中央には、黄金色のバナナが鎮座していた。
 バナナの産地は南国である。フィリピン、エクアドルなどが有名だ。日本のスーパーマーケットに並んでいるバナナも、ロシアのバナナも、輸入品だから基本的に同じものが陳列されているのである。
 僕はママと市場に来ていた。日本人は市場でぼったくられるかもしれないから、心配だから一緒に行く、と案内してくれているのである。ママはロシア語しか話せない。僕のロシア語はカタコトだ。ほとんど会話にならないのだが、そこはやはり家族だから、なんとかなるのである。
 そしてママは僕の挙動に常に目を光らせているのだ。
 僕は果物屋の前に立って、物色し始めた。
 おお、スイートスポットがほどよく浮いた小ぶりのフィリピンバナナがあるじゃないか。甘くて旨そうだ。ロシア人もいいバナナを食べてるんだなあ。僕はフィリピンに手を伸ばした。
「ニェット!」
突然、ママの警告が出た。(ニェット)とは(だめ)という意味である。
「エータ!」(これ)
ママの手の先には大きなグリーンのエクアドル産のバナナがあった。
 えー。小くて黒ずんだフィリピンの方が絶対美味しいと思うんだけどなあ。皮が薄くなってて、香りが強くてしっとりとして、甘くて美味しいバナナはこのフィリピンだと思うんだけどなあ。僕は勇気を振り絞り、カタコトながらママに抵抗を試みた。
「エータ、ハラショー」僕はフィリピンを指した。
「ニェット、エータ!」ママはエクアドルをしっかりと指している。そのバナナは緑色でロボットの指みたいに四角くて固そうだ。
 こういう時のロシアの女の強さは半端ではない。ヨーロッパでも手に負えないので有名だ。ロシアの女は元共産主義大帝国の王女であり、大砲大好きであり、プライドの高さはユーラシア・ナンバーワンである。基本的にプリンセス気質なのだ。もしあなたが結婚するのなら、僕はウクライナの女性をお勧めする。見た目は大体同じだが、一般的に言って性格が優しいのである。ウクライナの女性は、男と揉めても、割と途中で諦めて従ってくれるのだ。しかし、今、僕が対峙しているのはロシアのママである。歯向かっても全くかなわないから、ママのいう通りに僕はエクアドルを買ったのであった。5本で500円。うわっ高いなあ、ウクライナ危機後のルーブル安で強烈なインフレ渦中のロシアなのであった。 
 チーズとサラミやチョコレートなども買い、カリニナ通りのアパートに帰った。
 バックからエクアドルバナナを取り出す。どっしりと大きくて硬い。不味そうである。サーフボードみたいに緑色でテカテカしている。
 一本剥いてみる。皮が硬い。嫌な予感がする。パクッと食べてみる。もぐもぐ、もぐもぐ。うーん、青臭い。甘くない。香りも少ない。こんなまずいバナナ久しぶりに食べた。どうしてママはこのエクアドルがいいというのだろう。
 とにかく熟成させないことには、どうにもならないバナナなのであった。見渡すとアパートの中で一番良さそうなのは温水暖房の上である。暖房機の上に木の棚があるので、僕はそこにバナナを置いた。

 翌日、僕はカリニナ通りのアパートでいつもの如く小説を書いていた。冬のロシアのアパートは小説を書くには素晴らしいところだ。パタパタと仕事ははかどり、そして一服したくなった。
 僕は暖かいレモンティを淹れた。ロシアンケーキをいくつかと手巻きタバコを持ってテラスに出た。テラスはリビングから2重ドアを通って出られるようになっている。室内は28度、テラスはマイナス20度だ。
 ふと、暖房機の上の棚を見ると、昨日のエクアドルがあった。
 あれ、何か様子が違う。
 テラスから戻ってきてバナナをよく見ると、色は黄味色に変化していた。たった1日しか経っていないのに。まだスイートスポットは出ていない。しかし全体的に黄色が濃くなって、皮がシナっと乾燥している。オーガニックな佇まいである。僕は一本とった。皮をむく。柔らかい。香りはそれほどでもないが、中の白いバナナがやや黄味がかっている。僕はかぶりついた。ほっくり。甘い。すごく甘い。食感は金時焼き芋に似ている。タイの屋台で食べた揚げバナナを思い出す。
 なんなんだろう、この変化は。冬の日本のリビングにバナナを置いても、食べ頃になるのに1週間はかかるはずだ。
 僕はバナナを置いていた木の棚に触れてみた。暖かいというよりは、木が熱くなっている。50度はありそうである。そして熱気がどんどん還流している。日本のリビングにはこんなに暖かい場所はない。
「そうか、バナナの低温ローストか」
そうなのだ、ロシアの温水暖房の上というのはオーブンと同じなのだ。バナナにゆっくり熱を加えることで、ほっくりと甘くなる。一日で焼き芋や揚げバナナみたいな仕上がりになるのだ。
 これは旨い。旨すぎる。僕は残りの4本を一気に食べてしまった。
 そうか、ロシアのバナナの旬は冬だ。
 そして僕は考えた。エクアドルを選んだのは、スイートスポットの出ているフィリピンバナナだとすぐに悪くなってしまうから、というママの気遣いだったのであろう。ママ感謝。
 僕はさっそく市場に出かける用意を始めた。バナナを大量に買い置きしよう。
「ママ、バナナ、フクスナー。スパシーバ」(ママ、バナナ美味い。ありがとう)
「パジャールスタ」(どういたしまして)
 


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極寒ロシアの暖房と温水の供給

  • 2017.01.07 Saturday
  • 10:35
 朝、目が覚めた。
 外はまだ少し暗いが、今何時なんだろう。iPhoneを見ると8時30分であった。いやー10時間も寝ちゃったよ。そろそろ起きなきゃ。ということで僕はのそのそとソファベッドから起き上がった。カリニナ通りのアパートは温水暖房で一日中ホカホカなのだが、毎日とても寝つきが良いのは、やはりこの温度加減が体に丁度いいのだろうな。ちょっと暑いくらいだから、小窓を開けちゃおう。
 しかし、この温水暖房は壊れることがよくあるらしい。
 ハバロフスクの郊外をドライブすると、道の傍らに直径1mくらいのパイプが並走している。パイプは銀紙に巻かれたような状態で、所々銀紙が剥がれているのだが、交差点でパイプは地下に潜らずに、地上4mくらいの凸になり、そしてまた道に並走する。なんのパイプラインなのかと思ったら、巨大工場につながっていた。温水の供給工場である。
 逆にすると、工場で温水が作られて、温水はパイプラインを通って、60万人都市の各建物の地下に流される。各建物はその温水をポンプで引き上げて、各部屋の壁側にある暖房機に流すのである。暖房機は部屋に一つ以上備え付けられていて、部屋が温められている。暖房機の上に洗濯物を広げると、ジーンズでも3時間で乾いてしまった。昔の小学校の暖房機が思い出されるが、あれよりもかなり強力というか、弁当なんか10分で十分、手で触ると火傷しそうなくらいのパワフルな暖房機なのであった。
 シャワーの温水もこのシステムに組み込まれている。そしてバスルームだけ暖房機がないのだが、S字のパイプが壁にあって、そこに温水が流れている。バスタオルを干しておけばすぐに乾くのだった。
 なかなか巧妙な暖房システムがここには設置されているのだ。が、しかし問題がある。このアパートはフルシチョフ時代のアパートである。フルシチョフカと呼ばれる1970年代製。フルシチョフはブレジネフの前だから僕の記憶にはないソ連の書記長だ。ロシアのアパートはスターリンカ、フルシチョフカ、ブレジネフカ、そして現代建築に分けられるようである。いわゆる5階建の公団住宅みたいな建物が、フルシチョフカである。共産党時代を象徴する素っ気ない建物で、東欧諸国において未だ現役バリバリの建物だ。
 温水が供給されない理由はいくつかある。まずは工場の稼働を何時にするかの政治的判断。そして工場やパイプラインの故障。各建物のポンプの故障や、暖房機の故障などなど。そして基本的には70年代に構築されたシステムなのである。温水を蜘蛛の巣みたいに街全体に張り巡らしてあるのだから、50年近くも使用してきて、サビと老朽化は避けられない現状なのである。現代建築のアパートはそれを嫌って、各個に温水供給機を設置したり、オール電化にしてみたりと、色々とやっているみたいだが、毎月のコストが非常に高額になるので、普通のロシア人にはとても手の届くものではないそうだ。月に10万円以上も暖房費がかかるんじゃあね。庶民でいいや庶民で。
 ということはですよ、この温水供給システムがなんらかの理由で故障して、うちのアパートに来なくなったら、一体全体どうすればいいんだあああ! 一晩過ごすのも命がけになると思います。温水が供給されなくなったら、とりあえずウオッカの瓶を持ってデモに参加しよう。
 そして毎年4月から9月まで温水は供給されない。政府によって決定されているそうだ。その間、シャワーは水を浴びろということだ。
 
 

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記憶と旅のエッセイ

  • 2017.01.06 Friday
  • 20:08
 僕はカリニナ通りアパートにいる。何をしているのかといえば、本当は小説を書くつもりで、ロシアにやってきたのだが、またいつものごとく詰まってしまい、この文章をパタパタと書いているのであった。
 今日はいい天気で、暖かい。マイナス11度の昼下がりである。パタゴニアの3レイヤーのジャケットを着込んで外を歩いていると、少し汗ばんでくるほどの気温だ。
 冬のロシアのアパートは、小説を書くにはいいところだ。
 温水暖房でホカホカの部屋の中はジーンズにTシャツだ。書くのに飽きたら、レモンティを作ってテラスに出る。テラスは薄いガラス窓一枚で建物の外だから、窓を開けると、今ならマイナス11度まで温度が下がる。湯気の立っているレモンティのマグを左手に、手巻きタバコを右手に持って、外の空気を吸うのである。
 あまりにも寒くて、まともに一本のタバコを吸いきることができないのだが、頭は本当にスッキリする。この極寒テラスでの一服はたまらない。

 ということで、最近、日記みたいな文章ばかりを綴っていましたが、ロシアにも慣れてきたので、ここでは旅のエッセイについて、少し省察しながら、書きたいと思います。
 旅のエッセイはどう書くべきか? 
 我ながら昭和の臭いが漂う題目を書いてしまったが、そんなのはもちろん自由に書けばいいのだ。しかし自由に書く、と言っても、いくつかの書き方に分類されるかもしれない。時間を軸にとって考えてみる。
 アームチェアートラベラーという言葉があったように思うが、現代はiPhoneひとつあれば、世界の何処でも行くことができる。そのデジタル情報を文章化すれば、旅のエッセイが書けなくもない。実際には地勢的にあるいは歴史的に旅する処について、旅に出る前の旅のエッセイである。
 そして旅に出て、リアルタイムにトラベルログのようなものを書くこともできる。細かい数字とか、地名とか、そういうものを書き留めるのと同時に、その新鮮な記憶をどんどん文章化してしまうのだ。
 そして最後に、旅から戻って、いくらかの時間が経過して、旅の記憶を辿りながら文章を書いていく。これが一般的な書き方だと思うが、どれくらいの時間が経過したら書き始めるのか、というのは個人の趣向に従うほかなく、どのような旅のエッセイを書きたいのか、という目的にも関係性が生じるのである。
 すぐに書けば、記憶は新鮮さを保っている。写実的な文章を書きたければ、そうすればいい。 一方かなりの時間が経過して、旅の記憶の大半を失ってしまった。その状況でも旅のエッセイを書くことができる。それは失敗ではない。むしろ記憶を失うことによって、部分が切りとられることによって、芯の強い文章が生まれるかもしれない。
 時間の経った旅のエッセイを書く。
 記憶を掘る、そして描写する。記憶の大半は失われている。しかし残存している記憶には何かの意味があるはずだ。最初はうまく立ち上がらない。しかし記憶の断片に集中していると、失われたはずの記憶が、次第に細かな周辺のディテールまでが、蘇ることがある。なぜその記憶が未だそこにあったのか、その意味は僕にはわからない。
 そして僕は旅のエッセイを書く。想像とは違う記憶の立ち上げ方をする必要がある。それはあくまで旅の記憶を辿るという行為に他ならないのだ。
 しかし旅のエッセイを書くようになると、旅の記憶の仕方、すなわち旅の仕方に影響が出るのではないか、という危惧が発生する。それは本当に危険なことです。
 
 

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真っ当なコーヒー

  • 2017.01.06 Friday
  • 11:28
 今日は冷え込んだ。パタゴニアの重装備を着込んだ僕は、マイナス30度のハバロフスクの街を歩いている。なぜ僕はそんなことをしているのか? それは真っ当なコーヒーを飲むためだ。
 マイナス30度は、やはり半端ではない。手袋をとって3分ほどiPhoneで話していたら、指が赤く腫れてきて痛い。人の体にとって危険な温度だ。南国からきた僕は、気をつけないと危ない。
 ところで日本でマップで道順を確認したのは良かったが、実際に来てみたら、こんなに坂道ばかりだとは思わなかった。マイナス30度で手足が凍るのも怖いが、今はそれより、氷の坂道を転ばないように歩くのが一番の課題である。道がカッキンコッキンのツルツルである。実はロシアにきてから、もう3回も転んでいる。
 しかしロシア人はマイナス30度でも、普通に歩いている。足元を見ると、7センチのヒールのロングブーツでカンカンと氷の上を歩いていく奥様がいる。何か特殊な靴底が仕込まれているのだろうか? なんかロシア人って凄い。
 ということで20分ほど歩いてカフェに到着した。2重のドアの中に入る。ものすごい温度差である。中のスタッフはTシャツで働いているのだ。
「ワタシ、ヒトリデス」
「どうぞ、好きな席に座ってください」
と、若いロシア女子は言っているような感じであるが、実は僕はロシア語がよく分からない。ジャケットをハンガーにかけた。
「メニューです」
と渡されたのは中国語と英語が併記されているメニューだった。中国語か。まあ英語で読めるから、全く問題ないのであるが、日本と国境を持つ国なのに、日本人のプレゼンスは中国人に完敗である。カフェラテの大とリンゴのスムージーを頼んだ。
 20世紀の海外旅行は、旅行代理店がツアーを組んでの団体旅行が多かった。リッチになった日本人が群れをなして、パリやハワイに大量移動したのである。だからどこに行っても日本人ばかりが目について、旅情も何も日本人ばかりだった、という海外旅行は多かった。
 今回の飛行機には、僕の他に日本人は一人しか乗っていなかった。ハバロフスクは中国と国境を接しているので、中国人は列車に乗ってやってくる。彼らにしてみれば、お手軽なヨーロッパ旅行の一つなのだろう。ロシアでも中国人の購買力は勢いを増していて、高級品を爆買いしていくそうである。同じ共産主義で、食うものにも困っていた貧乏な中国人は、ここ10年でロシアを超えるお金持ちに豹変してしまった。そのことはロシア人のプライドを相当に傷つけるのか、中国人は変わった、ショックだ、とのぼやきをよく耳にする。
 さあカフェラテがきた。ズズー。うーん。真っ当なコーヒーである。リンゴのスムージーを吸い込む。ズズー。あ、ちゃんと本当にりんごだ。こっちではポピュラーの飲み物なのかもしれないが、酸っぱくて甘くて爽やかで、何か新鮮な味覚である。トマトジュースみたいな健康的な感じもある。
 店内はゆったりとしていてコージーで現代的だ。スタッフはフレンドリーで少しナイーブな雰囲気なんだけど、キビキビとしっかり働く。レベルの高い接客ぶりである。昔のつっけんどんなロシア人の接客態度だと、競争の激しいカフェ業界では通用しないんじゃないだろうか。
 ハバロフスクには新しい店がたくさんあり、働いている若い人が多くて、皆さんとても親切なのである。うん、いい店だな。明日も来よう。
 僕が初めてロシアを訪れたのは6年前だが、それでもロシアはどんどん変化しているように思う。昔のロシア人と日本人はそれこそ月とスッポンみたいな違いであったそうだが、現在、20歳台の人たちの表情を見ていると、ロシアも日本もついでにアメリカも、そっくりなことに気づく。ちょっとナイーブな感じである。ハニカミ気味というか。そしてiPhoneを使うのが上手。ロナウドみたいな表情で威勢を張っている、イケイケのチンピラみたいな男子は、あまり見かけなくなってきた。
「会計お願いします」
「はーい」
レシートの値段を確認して、彼女が持ってきた無線のカードリーダーにVISAカードを入れて暗証番号を入力。レシートが出てきた。
「ダスビダーニャ」と微笑む彼女は、シャツにジーンズにスニーカーの似合うロシア女子だった。日本のレジの方が、遅れてる感じだぞ。
 
 


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ペリメニばっかり

  • 2017.01.05 Thursday
  • 20:55
 僕はカリニナ通りのアパートにいる。ロシアのハバロフスクである。アパートの中はとても快適だ。いつもの下北沢のアパートは最高だが、やはり下北沢というロケーションならではの良さも含まれているようだ。アパートの中はロシアの方が快適かもしれない。
 日本のアパートがロシアに劣る理由は、たった一つだけだ。
 日本のアパートは狭い。というか、日本人というのは、今やかなりの金持ちなのに、東京のワンルームマンションのあの狭さはなんなんだろう。こっちのドアを開けるとあっちの窓が開かないとか、バスタブの幅が一部20cmくらいとか、一体全体あの狭さはなんなのだ。
 それと、もう一つ。33平米とか、部屋の広さを指す単位である。あれは実はおかしいんじゃないかと疑っているのだ。
 僕が今いるアパートはメートル法で50平米なのであるが、日本のマンションの60平米の広さの感じがする。日本の平米にはマンションサイズの平米というのがあって、メートル法の国際標準サイズと比較すると、実は15%減くらいに密かに規定されているのではないか? マンションサイズの1畳は本来の1畳ではない。そうすると何坪という単位も狂ってくる。日本の不動産というのはゼネコンも含めてそういうところがかなり怪しいのである。帰ったら下北沢のアパートを巻尺で実測してみよう。
 カリニナ通りのアパートは、スーパーマーケットが近いので、1日に何回もせっせと買い出ししている。あ、トイレットペーパーがない、食器洗剤がきれそう、卵買い忘れた…。そうしてスーパーマーケットに通ううちに、ある一つの事実に気づいた。
 冷凍食品コーナーが異様に広いのである。そして置かれているのは、ほぼ全てペリメニなのであった。さっと数えても30種類以上のペリメニが置いてある。ペリメニとはロシア餃子である。幾ら何でも異様に種類が多い。このスーパーマーケットは日本のセブンイレブンを想像してもらえばいいと思う。セブンイレブンの洗練された商品棚で、30種類以上の、各種冷凍餃子が置かれている。
 多分、冷凍餃子はロシアにおいて、あるいはハバロフスクにおいて、とても人気が高くて、各社勢揃いの商品ラインナップということなのだろう。よく見ると、シベリア風ペリメニ、ロシア風ペリメニ、チーズのペリメニ、野菜のペリメニ、とたくさん種類があるのだが、主力商品はシベリア風とロシア風のようである。シベリア風の方がサイズが小さい。ほほほ。楽しいなあ。いくつか買ってみよっと。そして食べ比べするのだ。僕は5つほど冷凍ペリメニを買って、アパートへ戻った。
 よーし作ろう。お鍋に湯を沸かす。ペリメニを200gくらい投入する。浮いてくるまで、皮が鍋底につかないようにかき回す。浮いてきたら、5分間煮る。穴あきおたまで皿にとったら出来上がり。とても簡単である。
 皿の上ではペリメニがホカホカ湯気を立てている。フォークで刺していただく。あちち、ホフホフ、もぐもぐ、もぐもぐ。旨いなあ。水餃子だよなあ。ペリメニは皮が旨い。本場ロシアのペリメニは皮の立体性がやや複雑になっていてとても言葉では伝えられないが、パスタとして皮が旨い。200gは大皿いっぱいで150円くらい。普通の人は100円以下で十分かもしれない。うーん、安くて旨くて早くて、お腹いっぱいです。日本だとインスタントラーメンか肉まんみたいなポジションだと思います。
 各社の比較検討については後で報告しますね。
 
 

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夜の買い出しとカラシニコフ

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 19:32
 僕はロシアのハバロフスクにあるカリニナ通りのアパートにいる。夜の10時、外気温はマイナス28度。
「今年はそんなに寒くない」
地元のロシア女子の一言である。
 冷蔵庫をのぞくと、飲み物がなかったので、気合いを入れて、近くのスーパーマーケットに買い出しだ! よし、行くぞ! ということでヒートテックのボディスーツ、ジーンズにブーツにパタゴニアの3レイヤーのジャケットとビーニーで重装備をした。
 アパートはまず重々しい2重ドアである。3つの鍵が必要だ。そして暗い階段を降りると、鉄のドアがある。内側からはグリーンのボタンを押すと開くようになっているが、外側からは、特製のマグネットキーか暗証番号が必要である。セキュリティーが日本とは桁違いに重い。
 外に出る。
 さ、寒い。頬が切れそうじゃないの。それに足元の全てが凍っているのだ。つるっと滑りそうで怖いのであった。
 僕はマイナス28度のカリニナ通りを買い出しのためにそろそろと歩いていた。5分ほど歩くと、一番近いスーパーマーケットに到着した。
 小さなスーパーだが、明るい店内で、商品が整然と並べられている。オレンジとグリーンを基調にした店舗デザインで、日本のセブンイレブンよりも明るくてカラフルである。ロシアもどんどん変わっています。
 ザクロとラズベリー入りの飲むヨーグルトを買う。こういうのは日本では絶対に買えない。洋ナシ入りのヨーグルトも旨そうだ。紅茶はリプトンしか置いていない。そしてレモンを一個、ミネラルウオーター。物価は日本より少し安い感じか。飲むヨーグルトは500mlで90円だからこちらの方が安い。まあ街のセンターで夜の営業もしているコンビニエンス・スーパーマーケットなのだから仕方がないであろう。成城石井よりは圧倒的に安いのであった。
 さあ、マイナス28度の帰り道である。電灯が少なくて、道が広いので、心もとない。露出している頬はやっぱり切れそうな感じがする。
 パパパン、パンパンパン、パパパパン。ゲゲ、結構遠いが、銃声がするじゃないの。それも連発だからマシンガンだ。カラシニコフだよ。おっかないなー、もし狙われたらひとたまりもない。
 夜のカリニナ通りは大丈夫だと思うけど、頭のおかしい人がいるかもしれないから、気をつけてね、と奥さんに言われたのを思い出した。なんで普通の街なのに夜になるとカラシニコフをぶっ放している人がいるんだろう。正月だからかな。まったく爆竹みたいに実弾撃つのは本当にやめてほしいよな、危ないじゃないですか。ちなみにカラシニコフとは世界で最も性能が良く、安価なロシア製マシンガンである。アメリカ人でもこのマシンガンを高く評価する人は多いのだ。
 僕は小走りでアパートへ向かったのであった。そしてアパートの建物に飛び込んだ。転ばなかったし、撃たれなかった。よかった。
 
 さあ、まずは水を飲もう。ボン・アクアというミネラルウオーターである。ぐびび。まあまあ旨い。そしてせっかくロシアにいるのだから、暖かいレモンティを作ることにした。リプトンの紙パックを濃いめに淹れて、角砂糖を放り込む。角砂糖のパッケージデザインは赤くてかわいい。そして、レモンを三角に切って入れる。あくまでセコイ感じだ。たくさん入れてしまうとロシア風ではないのである。
 ズズー。うーん。まあ、普通の甘いレモンティだ。味は特に変わらない。しかしアパートの中を少し移動して、テラスに出る。いきなりマイナス10度以下の世界である。このテラスで飲む暖かいレモンティは、俄然、トロッとして輝きを増し、そしてロシア風にとても旨いのである。
 ここでロシアのアパートの構造について説明する必要があると思う。共産党時代のアパートは一人20平米を目指して設計されたらしく、40から50平米のアパートが多い。日本でいうと2Kのアパートが多い。ドアを入るとバスルームがあり、キッチンがあり、部屋が2つ並んでいる。快適だが、広々としているというほどではないので、建物の外側に3平米ほどのテラスを増設しているアパートが多い。テラスは腰板とガラスに網戸のスタイルが一般的である。しかし、頑強なコンクリート造りの外側なので、夏は蚊除けだけ考えればいいのだが、問題は冬をどうするかである。外はマイナス30度以下になることもあるのだ。だから5センチの厚みの木の2重のドアがついている。人が一人やっと通れるぐらいの幅だ。部屋の中は温水暖房で28度くらいのホカホカになっている。2重のドアを開けると、ひゅうう、と冷気の音がする。
 そしてなんでそんなところで飲まなければいけないのかというと、それはやはりスモーカーだからである。スモーカーには最高の場所なのだ。
 ということで僕はカリニナ通りのアパートで、暖かいレモンティを飲みながら、手巻きタバコをやるのであった。窓を開けると、マイナス28度の外気が音を立てて、テラスに侵入してくる。ものすごい迫力であり、食べかけのアイスクリームを置いても、全く溶けていかないのであった。
 

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12月 下北沢のアパートにて

  • 2016.12.18 Sunday
  • 10:30
 今は12月、僕は下北沢のアパートにいる。今日は1日オフなので、小説を執筆する必要はないのであった。1月にロシアへ行くので、その準備のために今日1日を当てることにしていた。
 僕は冬にハバロフスクへ行くのは初めてだ。噂によるとマイナス30度から35度になる日もあるらしい。
『街路樹に氷がキラキラ光ってとても綺麗なの、空中にダイヤモンドダストがキラキラして』
 うん、キラキラはいいのだが、しかし、そんな時に屋外に出て、本当に人間というのは大丈夫なのか? 
 僕はハバロフスクのカリニナ通りのアパートに泊まる予定だ。カリニナ通りはアムール河畔にある。そこは街の中心で、カフェや市場、レストランに歩いて行ける。しかし、マイナス30度の寒さで、シベリア大地を凍らせる北風が吹き、地吹雪になっていたら、ひょっとして、人間というのは50mも歩けないんじゃないか?
 マイナス30度というのはバッテリーが作動しないことがある温度らしい。スマホが止まるのは困るが、郊外の森の中を走っていて、ちょっと車を止めて小さな用を足したとして、その後、エンジンがかからない、ということがあるそうだ。だから車のエンジンは絶対に切ってはいけない。あるいは、屋外の駐車場に車を置いて、寒冷地仕様でない車だと、朝はエンジンがかからない。そのため夜は3時間おきにエンジンをかけるそうである。
 うーん。ちゃんと生活できるかな。不安だな。
 僕はカリニナ通りのアパートを想像してみる。
 先ずは、水道の水をそのまま飲んではいけない。一旦沸かして紅茶かコーヒーにして飲むことになる。コーヒーはインスタントコーヒーしか売っていないから、やはりロシア風に甘いレモンティを飲むかな。そうすると紅茶とレモンを買っとかないといけない。しかしレモンティだけだと飽きちゃうだろうから、牛乳も買いおきしよう。そして昼は毎日レストランに食べに出るとして、問題は朝飯だ。卵とベーコンは買っておこう。スクランブルエッグかオムレツにして食べよう。ベーコンといえば、西シベリア地方のオムスクベーコンというのが最高に美味しいらしい。あと、黒パンはやっぱり常備しておきたいし、チーズとサラミも、旨いやつをテーブルの上に置いておきたい。それからせっかくロシアなんだから、スメタナ(サワークリーム)とイクラは少しでもいいから買わなきゃね。共産党時代のパッケージで有名な冷凍ペリメニ(ロシア餃子)も買っておこう。夜、レストランへ行けない時は、それをコンソメスープで食べよう。サラダ用の野菜はどうするかな。
 次から次へと、食べ物の想像ばかりが、頭に湧き出してくるのであった。どうも昔から僕は、衣食住という言葉は順番がおかしいと思っているのだ。食衣住の間違いだろう。
 よし、決めた。市場には毎日出かける。どんなに寒くても、猛吹雪でも、1日に1回は必ず市場に行く。マップで確認すると、アパートからだいたい1km離れたところに中央市場があった。
 そして中央市場の近くに、なかなかいい感じのカフェがあった。free Wi-Fiのステッカーも貼ってある。アパートから反対方向へ歩かねければならないが、投稿されている写真やコメントはとってもいい感じだ。
 よし、決めた。このカフェにも毎日通う。僕は真っ当なコーヒーが飲みたくなる発作が必ず1日1回はやってくるのだ。
 そしてマップ上で、アパートから中央市場からカフェ、のルートを確認して見ると、だいたい3kmである。早く歩いて30分、ゆっくり歩いても1時間はかからないはずで、散歩にはちょうどいい距離である。

 僕は新宿のスポーツ用品店にいた。
「マイナス30度の屋外活動するのに適したアウターください」
「マイナス30ですか」
「ええ」
「最高レベルの防寒機能が必要になります」
ということで僕はパタゴニアの3レイヤーの重装備なジャケットを買ってしまった。そしてタイツにソックスにビーニーに手袋、もしかしたらゴーグルも必要になるかもしれないぞ、ということで、もう、買いまくりである。

 よーし、これだけあれば、カリニナ通りのアパートに住んで、毎日、市場にカフェにレストランに、と自由に歩けるはずだ。ほほほ。両手に紙袋を抱えた僕は下北沢のアパートに帰った。早速、部屋の中で着てみる。ユニクロのダウンとは厚みが全然違う。そして首回りの保温機能が満載だ。
「新しいスキーの服、買ったの?」うちの奥さんである。
「え、ハバロフスク用の服だよ。マイナス35度でも大丈夫だって」
「スキーの服みたい」
「いや、防寒機能がね、凄いんだよ、3レーヤー構造でね」
「ふーん、でもスキーの服みたい」




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日本食とロシア料理。そして大きな失敗

  • 2016.12.03 Saturday
  • 16:12
 食べ物について日本とロシアは幸せな相思相愛の関係といってもいいと思います。いやもしかしたらロシアの愛の方が強いかもしれないですね。
 インスタグラムを見ているとロシア出身のスーパーモデルがニューヨークで女子会をやっている。テーブルには日本料理が並んでいる。ロシアの人気ミュージシャンもモスクワでスーシーパーティをインスタグラムしている。モスクワにはスーシー24時間宅配サービスがあるそうです。
 スーシーは彼女たちのお気に入り。日本を旅して本場の料理を食べたい、という女性はとても多い。ロシア女性は日本食が大好きです。
 その愛にはいくつかの理由があると思います。一つは、日本のものは品質が高いという信頼感です。ロシア人は日本の製品や食べ物をとても信頼している。われわれがフランス産のバターを信頼するみたいに。また日本食は脂を使わない料理が多いので、ヘルシーであることも現代的です。またヨーロピアンにとってエキゾチックなのは日本食の特徴ですね。もちろんとても奥が深い食文化です。そして最も重要なのは、日本料理の味付けが好き、なことだと思います。日本は素材を活かした薄味の調理が基本です。その感性が普遍性を獲得しています。中華料理やインド料理は苦手だけど、日本食なら毎日でも食べられるわ、という人が多いんですね。
 
 まあ一言でまとめれば、日本食はセレブなロシア女子のお気に入りなのである。
 と、いつもの文体に戻った僕は、個人的に、そして日本人として、ここからしっかりロシア料理について述べたいと思う。
 ロシア料理は旨い、しかし脂っぽい。
 実はもう、この一言で終わってもいいのだが、それでは散文を書く意味がわからなくなりそうで恐いので、具体的に書きたいと思います。
 まずサラダである。ロシアで人気が高いのはもちろんオリヴィエサラダだ。ロシア語でサラートオリヴィエ。スペイン語圏ではロシア風サラダと呼ばれている。ジャガイモと人参を茹でて、サイコロ状に切ったら、ガラスのボールに層状に入れる。グリーンピースとハムとゆで卵の細切れを重ねる。そしてビストロではそのままテーブルへ運ぶ。ガラスボールは下から白、オレンジ、緑、黄色のミルフィーユになっていて彩りが可愛い。そしてテーブルで塩を振る。
「塩はどれくらい?」と、そこであなたはロシア女子に聞かれるであろう。塩気は人それぞれだから、という個人主義に基づいていると思われる。ここまではなんてことない。圧巻なのはここからだ。ボールいっぱいの食材へ向かって、日本ならキューピーのボトル半分からまるまる一本分のマヨネーズを投入するのである。そしてスプーンで丹念にかき混ぜる。
 ロシア女子は繊細な手付きでサラダをかき混ぜていた。横顔が張りつめている。。そしてマヨネーズでグチャグチャになったオリヴィエと称する料理が取分けられたのであった。
 僕は一口食べる。もぐもぐ、もぐもぐ。もちろん旨い。素材の良さと茹で加減、切り具合勝負の料理であるが、味に凝縮感が残るのは、混ぜ具合が絶妙だからか。しかし、やっぱりマヨネーズ多くない?
 次はペリメニである。ペリメニとはロシアの餃子である。スーパーマーケットは冷凍餃子を売っていて、なかなか旨い。しかし餃子はやはり手作りが最高だ。
 東欧圏ではキッチン用品としてペリメニの型が売られている。直径30センチほどの錫製の円盤で、穴がたくさん空いている。蜂の巣みたいに。その上にクレープ大の餃子の皮を載せて、穴のところに具を乗せていき、そしてもう一枚皮を被せる。それを麺棒でゆっくりと平らに伸ばしていくと、円盤の下にペリメニがたくさんできるようになっている。ペリメニはソフトキャップみたいな形をしているのである。
 そして具は、牛肉に玉ねぎが基本だが、チーズを入れてもいいし、鶏肉や羊のペリメニもあり、たくさんの種類がある。日本の餃子と比較すると、自由なのである。言いかえれば、文明的なのである。そしてそれを茹でて、水餃子風に食べるのだ。
 さあ、お皿にいっぱいのペリメニがやってきた。湯気がホカホカである。旨そうだなあ。ふと見ると横に小皿がついていた。日本の醤油皿を一回り大きくした感じだ。おお、ロシアも日本みたいに醤油とかラー油を使うのかなあ、旨そうだなあ、と僕は自分勝手に想像していたのだが、それは甘かった。よく見ると小皿には白いクリーム状のものが入っていた。
「何これ?」
「スメタナよ」「美味しいからつけて食べて」スメタナとはサワークリームである。
ちょ、ちょっと、待ってくれ。せっかくの水餃子みたいないい料理に、なんでわざわざサワークリームをつけるんだよ。叫びそうになった。
しかし、僕はぐっと我慢した。そういえば日本に「郷に入ったら郷に従え」という諺があるし、せっかくロシアに来てるんだし、やはりおすすめ通りに食べた方 がまずは無難なんだろうなあ…。
僕はペリメニをフォークでさして、スメタナをつけてから、口へ運んだのであった。もぐもぐ、もぐもぐ。旨い。餃子として旨い。皮の立体性による厚みの不均等が絶妙な歯ざわりを生んでいる。錫性円盤の形状に工夫がある。日本の餃子は旨いが、皮に変化が無い。その一点においてパスタとしてペリメニに完敗である。しかし、サワークリームはいらないよ。ポン酢の方が絶対旨いって。
「私はこのペリメニが一番好きなの」ウチの長女である。初登場だが中学生のロシア女子だ。
「一個ちょーだい」
僕は娘のペリメニを一つ奪った。娘は怒っているが、構わず口へ運んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。それはチーズの具にラズベリーソースをつけたペリメニなのであった。もぐもぐ、うーん。まあ北ヨーロッパの味なんだろうなあ。イケアのレストランに行くと、肉団子にラズベリーソースつけてるもんなあ。
 それからスープである。赤いスープのボルシチは日本でも有名なのではないか。赤カブをしっかりと炒めてスープの素に使うので、スープが赤いのである。野菜は赤カブ、人参、キャベツが基本で玉ねぎを入れるレシピもある。それぞれの野菜を千切りするため、包丁一本だと作るのが大変かもしれない。こちらでは一般的に、パルミジャーノチーズをすりおろす、金属のメガホンみたいなキッチン用品を使うようだ。肉は豚でも牛でもいい、そして豆やジャガイモを入れればボリューム満点である。
 しかし本日僕がオーダーしたのは白いボルシチだ。普通のボルシチも好きだが、ロシアに少し慣れてきた僕は変化球を投げてみる。野菜とともに牛スネ肉が柔らかくなるまで煮込んである一皿であった。そこにハーブのディルをたくさん振っていただく。ほほほ、ほんとに旨そう。
「これをどうぞ」
ロシア女子がにっこりと微笑んでいる。彼女の手元を見ると、これまた白いクリーム状のものなのであった。またスメタナか…。なんでここでサワークリームかなあ。牛スネ肉の煮込みたいな、言わばとっともいい汁物に、クリームを足さなくてもいいと思うんだけどな。
「このほうが好きという人もいるのよ」
彼女の手にはマヨネーズがのっていた。
 さて、これを読んでくださっている方は、そろそろ顔面が脂っぽくなってきて、もういいよこってりした話は、と思われているかもしれない。でも、まだまだこれからなのだ。全ての料理にはメインディッシュがある。
 ロシアのビストロに座って、サラダ、ペリメニ、スープと突き進んできた僕であったが、この時点で日本なら3ヶ月分のマヨネーズとサワークリームを腹に注ぎ込んでいた。
 そして僕は大きな失敗に気付いていた。次にやって来る予定のメインディッシュとして、僕はビーフストロガノフを頼んでしまっていたのであった。
 うーん、今更、変更できないよな…。厨房では作っちゃってるよなあ。あ、運ばれてきた。
「ベフストロガノフです」ベフストロガノフとはビーフストロガノフのロシア語である。
 この料理はロシア貴族のストロガノフ家の伝統的なレシピによると言われている。ストロガノフ家はコサック人の傭兵を雇ってシビル・ハン国を倒し、ロシアの領土を東方へと拡大したことで有名な名門貴族だ。モンゴル軍によるロシアの占領から始まり、ロシア人の性格まで変えてしまったと言われる、タタールのくびきを解き放った英雄であり、そのついでにミンクの毛皮でバッチリ儲けたらしい。やり手であり、猛々しいイメージのロシア貴族である。そしてベフストロガノフはビーフシチューを上回るこってりとした料理であるが、力強いだけではなくて、極めて繊細なバランスを要求する料理でもある。
 牛肉、たまねぎ、マッシュルームを炒めたところに、仕上げにスメタナすなわちサワークリームを、たっぷりと絡める一皿なのであった。この料理のポイントは極上のスメタナが放つ新鮮な酸味にある。酸味がすべての食材を包み、高いレベルへと昇華させるのである。もしこれを生クリームで代用したら、あるいは煮込みすぎて酸味が失われたら、その味はがた落ちになってしまう。
 僕は熱々のビーフストロガノフの皿を見た。もの凄い量で、チャーハン大盛りくらいの牛肉がそこに鎮座していた。ソースの色は茶色っぽい白で、玉ねぎも、マッシュルームもシナっとしていて旨そうである。
 これが一皿目だったらなあ…。僕は後悔していた。順番というかロシア料理の食べ方をよく知らないと、こんな目にあってしまうのである。
 ふと見ると、中学生のロシア女子は、鶏とキノコのクリーム煮をガツガツ食べている。
「とらないで」
グラタン皿を抱え込んで食べ始めた。ああ大丈夫。もう、とらないよ。

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カリニナ通りのアパート。そしてロシアの大問題

  • 2016.12.02 Friday
  • 19:07
 僕はロシアにいる。ロシアのハバロフスクという街である。
 ハバロフスクはロシアの極東地方にある都市で、首都モスクワからシベリア鉄道で8523km離れている。そして7時間の時差がある。
 シベリア鉄道が敷かれる前の時代には、アムール河畔の港を礎に水上交通網の要所として栄えた。現在は人口60万であり、極東地方の中心都市として機能している。
 アムール河はモンゴル高原に水源を持ち、中国とロシアをまたいでユーラシア大陸を東に向かって流れる。ハバロフスク付近で北に向きを変えて、サハリン北部のオホーツク海に、その黒く豊かな水を注ぎ込んでいる。この水がオホーツク海を芳醇な海にしている。毛ガニとかホッケですね。そしてその水は冬には流氷となり網走にやってくる。
 すなわち日本に近いロシアなのである。成田からハバロフスクまで1000マイルであり、沖縄の那覇とほぼ同じ距離である。
 しかし、東ヨーロッパのロシア人にとっては、スラブ民族の裏山とも言えるウラル山脈を超えて、シベリア西部の油田のあるカザフスタン北部のさらに向こうへ、そして東の東の果てに、熊とか黒貂がうようよと住んでいる、世界の果ての黒い森みたいな、そんなところに新しく造られた地方都市のイメージらしい。
 僕がちらっと見れば、街は大きくて、中心を貫く道路は3車線が渋滞している。割と人がたくさん住んでいる感じの東欧の都市である。仙台とはいかないが、青森よりは全然都会の感じだ。
 シベリア鉄道に乗ってハバロフスク駅を降りると、駅前に広場がある。奥に路面電車が止まっていた。その一つに僕は乗り込んだ。路面電車はアムール河に向かって走り出した。ガタゴトガタゴト。300mおきくらいに停留所がある。止まると2、3人のおばあちゃんが乗り込んできた。ガタゴトガタゴト。動きはのんびりとした路面電車だが、車両の色は黄色で、大きさは都電の2倍くらい、古いがしっかりとしている。僕は5つ目の停留所で降りた。
 ハバロフスクの街は緑が多い。見わたすと表参道の4倍くらいの厚みがあった。5分ほど歩くと、緑の歩道はカリニナ通りに着いた。そこを曲がって2ブロック先に5階建のアパートがあった。
 僕は下北沢のアパートではなくて、今はカリニナ通りのアパートにいるのであった。
 そんなアパートで、お前はいったい何をしているのか? と聞かれれば、いつものごとく僕は小説を執筆しているのであった。
 ロシアは小説を書くには素晴らしいところだ。アパートにこもって小説を書くのがとってもいい。ややシニカルに、そして文学的に昂ぶっている。
 そうして僕は、ロシアにまで来て小説を書いていたのだが、昼すぎになるとなんとなくまたいつもの如く執筆に詰まってしまい、肝心の小説のファイルを閉じて、パタパタとこの文章を書いています。まったくこんなところまでやって来て、何をやっているのやら。そう言えば、最近、パソコンをDellのデスクトップからMacBook Airに変えました。これならロシアへも簡単に持ち込めるからとっても便利です。
 さてと、飽きたな。コーヒー飲みたい。
 ゴソゴソとキッチンを探すと、未開封のインスタントコーヒーの瓶があった。多分、ウチの奥さんが買い置きしてくれたのだ。
 うーん、しかしインスタントコーヒーじゃなあ…。
 ロシアは甘いレモンティを常飲する文化である。それはざっくりとしたアッサム葉で、熱湯でもってかなり濃い目に紅茶を入れる。そこに砂糖をたっぷりと入れるのだ。キッチンのテーブルには陶器製の砂糖壺がいいところにおいてある。壺は一抱えの大きさだ。そして小型のナイフで三角形のレモン片をチビっと一切れ入れる。凄くセコイ感じである。香港みたいにレモンの薄切りを10枚もぶち込むなんてことは絶対にしない。そんなのは方外な贅沢だ。新鮮な果物は北国において貴重品なのだ。
 そして、そいつをフーフーとすすると、トロッと甘くてまったりとして、極寒の気候にピタッとハマる。黒パンとサラミにチーズは必ずテーブルの上に用意してある。ちょっとつまむと軽く一食分のカロリーである。それはそれでなかなかいいものなのである。
 が、しかし、南方からやって来たワガママな日本人の僕は、今、コーヒーが飲みたい。
 ロシアのコーヒーというとインスタントコーヒーのことだ。カフェを売りにしている新しい感じの店だけ、ちゃんとしたコーヒーが飲める。普通のレストランに入って、コーヒーを頼むと、ネッスルのインスタントコーヒーが出てくる。それはホテルや一般家庭でも同じである。スーパーマーケットにコーヒー豆は売っていない。代わりにインスタントコーヒーの瓶が並んでいるのだ。
 ところで20代の日本人に、ロシアはつい最近までソビエト連邦で、共産主義の盟主であり凄く怖い国だったんだよ、と話しても、
「へー。そうだったんすか」という反応である。
 1990年代生まれはソ連を知らないのである。ベルリンの壁の崩壊も、東欧諸国の独立も、歴史の教科書の中の話なのだ。
 日本人の近代の歴史には、ロシアが大いに関わっている。ロシアが攻めて来たらどうしよう。その恐怖感から動乱の歴史が始まった。そして最期には、世界を敵に回して、敗戦した。戦前生まれの母に、ロシアってどう? と聞くと、
「ロシアは怖い」と答えた。
 現在のロシアといえばプーチン大統領が有名である。21世紀初頭の内戦状態のロシアを率いて、秩序回復と経済成長を達成した独裁者的大統領と言われている。なかなかマッチョなイメージが売りの人だから、軍服を着て眉を傾けたカレンダーが日本でも人気である。
 日本人にとってロシアは怖いイメージだと思う。記憶と歴史。そしてそれを煽っているのは現在の日本のマスコミだ。日本だけではなくアメリカやイギリスのマスコミもロシアを敵視した報道を繰り返している。
 じゃあ僕が実際にロシアに住んでみて、どんな印象かというと、まずアパートの中はかなり快適である。共産主義時代に建てられた2K50平米のアパートなのだが、天井が高いせいか、広々とした印象である。しかし家具や部屋のデザインは東欧的に古臭いので、そこは気に入らない。着るものは日本の方が圧倒的に品質がいい。センスがいい上に、値段も半分から三分の一で済んでしまう。日本の物価というのはとても洗練されているから、もし同じものがあったとしてもロシアの方が高いのである。ただ最近の日本人は小型化して痩せすぎなので、個人的にデブの僕としてはぴったりの服を探すのが大変である。
 そしてロシア料理はかなり美味しい。これについては後で詳しく書きますね。

 話が横に行ってしまったが、とにかく僕はコーヒーが飲みたいのであった。それも淹れたての真っ当なコーヒー。アパートを出てカフェに行くしかない。僕はパタゴニアの重装備を着込み、外へ出る準備を始めた。
 そう、ロシアには大問題がある。今は1月。外気温マイナス30度。
 

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