タイ料理と日本と (タイシリーズその9最終回)

  • 2014.06.18 Wednesday
  • 19:12
 タイはトムヤンクンの発祥の地でありタイカレーがどこでも食べられる。ナムプラー(魚醤)は癖になるし、米はいくらでもある。タイ風ラーメンやパッタイという焼きそばがあり、そしてチャーハンがある。豚や鶏や魚の料理は数多あって、野菜や果物が豊富に採れて海老の一大産地である。
 一見するとタイ料理は中華やインド料理に似ている。タイの北側に山岳地帯があるが、それらの国々とは陸続きであり、古くから交流があると考えられる。でも何故タイ料理は―日本人の僕がさほど違和感なく―美味しく食べられるであろうか。
 タイ王国の歴史を読むとバンコックに都が定まったのは1782年である。タイランド湾に面した南アジアの都市へと、インドや中東あるいはヨーロッパの人々が海を渡ってやってきて、そして持ち込んできたおびただしいものものによりタイ料理は変化してきたと考えられる。そうして魅力のある文化がつくられていったのではないか。
 タイ料理の象徴はトムヤンクンだと思う。
 ボディのあるスープに野菜とキノコと海老が入り、塩気があり甘くて酸っぱくて辛い。辛さはマイルドから激辛まであり、パクチーやレモングラスのような生ハーブが添えられる。たった一つのスープにたくさんの味が含まれていて、その構築性とバランスの妙にうむと言わせられたり、豪華絢爛に感覚を刺激されたりする。こういう料理を食べていると、日本に蔓延する「素材の味をそのまま」「塩で」至上主義みたいなのは、素朴な家庭料理ならまだしも、料亭料理としては、ちょっとした疑問を持たざるを得ない。乏しさが故の開き直りの感があり、誤作動した茶の湯の精神みたいにも感じる。
 10年前に僕はタイ風ラーメンを食べて絶句した。ちゃちゃっと作られたモツ入りのライスヌードルだったが、スープのキレとコクは想像を超えた。60円という値段にも唸ってしまった。うーむ。
「もう一杯ください」
スープはナムサイという澄まし系だった。豚肉と鶏ガラでとったスープで、テーブルには一味唐辛子、青唐辛子入りの酢、砂糖、魚醤などが置いてあった。どうぞ御自分で自由に味付けしてください、というスタイルである。こういう大らかなところに、僕はすっぽりと包まれてしまったのかもしれない。
 ところで、もし料理の世界地図があったなら、タイや中国は同系統の色に塗られるだろう。日本列島は一番変わった色だと思う。まとまった1億人が米と大豆と魚貝ばかり食べていた、という地域は世界を探しても日本だけだ。
 わざわざ書くのも憚るが、僕は納豆ご飯が好きである。ワカメやシジミの味噌汁は旨いし、サバの味噌煮も好き、アジやイカの刺身を好んで食べる。ご存じの通り、こういう料理は世界でも突出している。最近SUSHIレストランが世界で流行していて嬉しくなるが、納豆巻きと青物とイカの握りだけでは、まず成功できないだろう。外国人は気持ち悪くて箸もつけられないと思う。
 だから外国の料理を味わう時に、僕の頭に浮かぶのは「日本人が一番変わっている」「自分は世界の変人」という形而上学的観念みたいなものである。タイ料理はアジアのコンチネンタルであり、僕は日本という究極のオリエントからやってきたのだ。
 それを感じていたいから僕は旅に出るのかもしれない。

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