フグ味オンチ

  • 2014.07.31 Thursday
  • 13:55
 正直に告白すると、僕はフグの味がわからない。
 フグを食べる機会というのは、年に2回ほどであり、我ながら、関東人にしては割と良く食べているよなあ、と思う。それなのに、味については、皆目ちんぷんかんぷんなのである。
 其処は清らかな日本間であった。慣れない座布団で、床の間の掛け軸を眺めたり、肘置きに乗ってみたりして、僕はフグを待っていた。
 襖がスッと開いて料理が来た。女将が真ん中に皿を置いた。フグの刺身は親指の腹ほどに薄く切られて並べられている。
 伊万里焼の大皿に白菊が咲いているようである。飴色のフグの刺身を透いて、大皿の金襴なる精緻は景徳鎮を本幹とする意匠のはずである。
 僕は、季節にフグ料理をだす料亭にいるのであった。
 さっそく身細い箸先で刺身を一枚つまむと、分葱をいくらか、ポン酢をちょこっとつけて、口に運んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。
(やっぱり、フグって、味しないよな)
もしかしたら一枚だけだから、量が少なすぎて良くわからないのかもしれない。次にズズッーと4、5枚すくって、口に放り込む。口の中をフグの刺身でいっぱいにしてみる。もーぐもぐ、もぐもぐ。うーん、やっぱり味がしない。ポン酢と分葱の味ばっかりである。
「おい、フグをそんなに一度にたくさん食うな」
「もっと大切に味わえ」
げげ、同席している先輩方に怒られてしまった。
 まったく、恥ずかしい話なのだが、僕は完全なフグ味オンチだ。フグに誘ってくれた先輩には申し訳ないが、フグの刺身の味が全然わからない。
 というか、味するのか? フグ?

 そしてこの文章は僕にとって、実はかなりのチャレンジである。なぜなら、わからないものを言葉にする、ということをしようとしているからだ。まるで哲学のような命題である。無論、僕は哲学もちんぷんかんぷんである。まあ、それは置いておいて、先ずは文献をあたってみよう。
 フグ料理について書かれた文章はいくつか読んだ経験がある。しかし僕の記憶では、フグの刺身の味について、きちっと描写した文章はなかったように思うのだ。
 例えば村上春樹はフグについて書いていない。サンドイッチやコロッケについて書かれた文章はとても有名である。
 池波正太郎は大量の食のエッセイを残している。昭和の食についての文化遺産と言っても差し支えないと思われる。蕎麦やてんぷら、寿司についての文章は絶品である。しかしフグについてのエッセイは無いのだ。池波正太郎先生は江戸っ子だから仕方がないかもしれない。
 角田光代はフグのコースについて書いている。しかしフグの雑炊を絶賛するも、フグの刺身については「淡泊」の一言で、その後、フグネタから何故か男女関係へと話は流れてしまう。まあ、角田さんというのは自他ともに認める肉派であるから、当然なのかもしれない。
 魯山人はフグを「一等の魚である」と書いているが、味についての描写は無かったように記憶している。ムツゴロウ先生もしかりである。湯木貞一さんは料理人らしく「フクはとてもおいしいものです」と言葉少なく語っている。
 そして関西出身で最も期待される作家と言ったら、開高健だが、フグの刺身については書いていないのである。白子についてはちょこっと書いてある。しかし開高さんならフグの刺身をガバッっと食べて、味の本質をつかみ取るような描写を期待したいところだが、残念ながら無いのである。
 僕はふと思う。
 もしかして、みんな、避けてるんじゃないか? フグの刺身についての描写。僕と同じく、フグの刺身の味がわからない? フグ味オンチ? まあ、そんなことは無いと思うが、書きにくい対象であることは確かだ。結局、僕の書庫に有効な参考文献は見つからないのであった。

 フグ味オンチなのに、僕は何故フグ料理を食べに行くのだろう。フグの本場は西日本である。だからか関東ではフグ料理と言ったらかなりの高額である。フグコースは最低1万円から上は3万円4万円となる。10年前ほど前に低価格のチェーン店が東京に出現したが、定着はしていないようである。渋谷の道玄坂にあった店はいつの間にか閉店してしまった。
 フグ尽くしのコースというのはとても魅力的だ。ヒレ酒に火がついたら、煮こごりや皮の冷製に始まり、刺身、焼きフグに、揚げ物、そして季節には白子が出て、フグの鍋物が出る。そして最後には雑炊が待っているのである。
 このコースで僕が一番好きなのは、やはり雑炊だ。それは角田光代さんと全くの同意見である。
 フグの雑炊はとても澄んでいる。香りも穏やかである。しかし一口含むと、貝とも魚とも昆布とも酒とも肉ともいえないような、奥に一本芯の通った、素晴らしく滋味のある出汁がでている。そいつが米に出会うと天下一品の美味になるのである。
「なんでこんなに美味しいのだろう」
僕はフグの雑炊を口に含むたびに考え込んでしまう。感激するとか、ガッツポーズとか、そういう情熱的な味わいではなくて、あくまで穏やかで耽美的に、そしてしみじみと幸せになれる味なのである。だから雑炊を食べるために僕はフグ料理を食べに行くのだと思う。

 と、話を終わらせるわけにはいきませぬ。この文章で僕が書きたいのはフグの味についてなのでした。だからここまでがなんと長い前置きであり、これから本題であります。もとい。
 フグの刺身である。
 味はよくわからない。
 しかし舌ざわりは恐ろしく滑らかである。噛むとモチモチぷっちんとしていて歯ごたえが良い。しめたばかりのヒラメに似ているかもしれない。魚臭さや嫌味が全くない。そして刺身からは清冽な水気を感じる。魚野川の水で作った天日干しのコシヒカリのようだ。それから渋みも苦みもない。血生臭さもない。言ってしまえば、とにかく食べるのに小気味の良い蛋白質の小片というところか。
 あーあ、ほんとにフグ味オンチで申し訳ない。我が味覚においては、この程度の描写が限界であります。とほほ。
 だからか、僕はフグの刺身に焼きフグに揚げ物と食べていくと、この魚というのは、フィッシュアンドッチップスに仕立てちゃって、塩とモルトビネガーふりかけて、ザ・サンあたりのタブロイド紙で包み、ロンドンの下町でホクホクの奴を買い食いしながら歩いたら最高なんじゃないか、という妄想が止まらないのである。チェスターコートをぴったり着たレディに訝しまれつつ、そしてつまはあくまでチップスである。
 先輩には申し訳なくて言えない。


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