カリニナ通りのアパート。そしてロシアの大問題

  • 2016.12.02 Friday
  • 19:07
 僕はロシアにいる。ロシアのハバロフスクという街である。
 ハバロフスクはロシアの極東地方にある都市で、首都モスクワからシベリア鉄道で8523km離れている。そして7時間の時差がある。
 シベリア鉄道が敷かれる前の時代には、アムール河畔の港を礎に水上交通網の要所として栄えた。現在は人口60万であり、極東地方の中心都市として機能している。
 アムール河はモンゴル高原に水源を持ち、中国とロシアをまたいでユーラシア大陸を東に向かって流れる。ハバロフスク付近で北に向きを変えて、サハリン北部のオホーツク海に、その黒く豊かな水を注ぎ込んでいる。この水がオホーツク海を芳醇な海にしている。毛ガニとかホッケですね。そしてその水は冬には流氷となり網走にやってくる。
 すなわち日本に近いロシアなのである。成田からハバロフスクまで1000マイルであり、沖縄の那覇とほぼ同じ距離である。
 しかし、東ヨーロッパのロシア人にとっては、スラブ民族の裏山とも言えるウラル山脈を超えて、シベリア西部の油田のあるカザフスタン北部のさらに向こうへ、そして東の東の果てに、熊とか黒貂がうようよと住んでいる、世界の果ての黒い森みたいな、そんなところに新しく造られた地方都市のイメージらしい。
 僕がちらっと見れば、街は大きくて、中心を貫く道路は3車線が渋滞している。割と人がたくさん住んでいる感じの東欧の都市である。仙台とはいかないが、青森よりは全然都会の感じだ。
 シベリア鉄道に乗ってハバロフスク駅を降りると、駅前に広場がある。奥に路面電車が止まっていた。その一つに僕は乗り込んだ。路面電車はアムール河に向かって走り出した。ガタゴトガタゴト。300mおきくらいに停留所がある。止まると2、3人のおばあちゃんが乗り込んできた。ガタゴトガタゴト。動きはのんびりとした路面電車だが、車両の色は黄色で、大きさは都電の2倍くらい、古いがしっかりとしている。僕は5つ目の停留所で降りた。
 ハバロフスクの街は緑が多い。見わたすと表参道の4倍くらいの厚みがあった。5分ほど歩くと、緑の歩道はカリニナ通りに着いた。そこを曲がって2ブロック先に5階建のアパートがあった。
 僕は下北沢のアパートではなくて、今はカリニナ通りのアパートにいるのであった。
 そんなアパートで、お前はいったい何をしているのか? と聞かれれば、いつものごとく僕は小説を執筆しているのであった。
 ロシアは小説を書くには素晴らしいところだ。アパートにこもって小説を書くのがとってもいい。ややシニカルに、そして文学的に昂ぶっている。
 そうして僕は、ロシアにまで来て小説を書いていたのだが、昼すぎになるとなんとなくまたいつもの如く執筆に詰まってしまい、肝心の小説のファイルを閉じて、パタパタとこの文章を書いています。まったくこんなところまでやって来て、何をやっているのやら。そう言えば、最近、パソコンをDellのデスクトップからMacBook Airに変えました。これならロシアへも簡単に持ち込めるからとっても便利です。
 さてと、飽きたな。コーヒー飲みたい。
 ゴソゴソとキッチンを探すと、未開封のインスタントコーヒーの瓶があった。多分、ウチの奥さんが買い置きしてくれたのだ。
 うーん、しかしインスタントコーヒーじゃなあ…。
 ロシアは甘いレモンティを常飲する文化である。それはざっくりとしたアッサム葉で、熱湯でもってかなり濃い目に紅茶を入れる。そこに砂糖をたっぷりと入れるのだ。キッチンのテーブルには陶器製の砂糖壺がいいところにおいてある。壺は一抱えの大きさだ。そして小型のナイフで三角形のレモン片をチビっと一切れ入れる。凄くセコイ感じである。香港みたいにレモンの薄切りを10枚もぶち込むなんてことは絶対にしない。そんなのは方外な贅沢だ。新鮮な果物は北国において貴重品なのだ。
 そして、そいつをフーフーとすすると、トロッと甘くてまったりとして、極寒の気候にピタッとハマる。黒パンとサラミにチーズは必ずテーブルの上に用意してある。ちょっとつまむと軽く一食分のカロリーである。それはそれでなかなかいいものなのである。
 が、しかし、南方からやって来たワガママな日本人の僕は、今、コーヒーが飲みたい。
 ロシアのコーヒーというとインスタントコーヒーのことだ。カフェを売りにしている新しい感じの店だけ、ちゃんとしたコーヒーが飲める。普通のレストランに入って、コーヒーを頼むと、ネッスルのインスタントコーヒーが出てくる。それはホテルや一般家庭でも同じである。スーパーマーケットにコーヒー豆は売っていない。代わりにインスタントコーヒーの瓶が並んでいるのだ。
 ところで20代の日本人に、ロシアはつい最近までソビエト連邦で、共産主義の盟主であり凄く怖い国だったんだよ、と話しても、
「へー。そうだったんすか」という反応である。
 1990年代生まれはソ連を知らないのである。ベルリンの壁の崩壊も、東欧諸国の独立も、歴史の教科書の中の話なのだ。
 日本人の近代の歴史には、ロシアが大いに関わっている。ロシアが攻めて来たらどうしよう。その恐怖感から動乱の歴史が始まった。そして最期には、世界を敵に回して、敗戦した。戦前生まれの母に、ロシアってどう? と聞くと、
「ロシアは怖い」と答えた。
 現在のロシアといえばプーチン大統領が有名である。21世紀初頭の内戦状態のロシアを率いて、秩序回復と経済成長を達成した独裁者的大統領と言われている。なかなかマッチョなイメージが売りの人だから、軍服を着て眉を傾けたカレンダーが日本でも人気である。
 日本人にとってロシアは怖いイメージだと思う。記憶と歴史。そしてそれを煽っているのは現在の日本のマスコミだ。日本だけではなくアメリカやイギリスのマスコミもロシアを敵視した報道を繰り返している。
 じゃあ僕が実際にロシアに住んでみて、どんな印象かというと、まずアパートの中はかなり快適である。共産主義時代に建てられた2K50平米のアパートなのだが、天井が高いせいか、広々とした印象である。しかし家具や部屋のデザインは東欧的に古臭いので、そこは気に入らない。着るものは日本の方が圧倒的に品質がいい。センスがいい上に、値段も半分から三分の一で済んでしまう。日本の物価というのはとても洗練されているから、もし同じものがあったとしてもロシアの方が高いのである。ただ最近の日本人は小型化して痩せすぎなので、個人的にデブの僕としてはぴったりの服を探すのが大変である。
 そしてロシア料理はかなり美味しい。これについては後で詳しく書きますね。

 話が横に行ってしまったが、とにかく僕はコーヒーが飲みたいのであった。それも淹れたての真っ当なコーヒー。アパートを出てカフェに行くしかない。僕はパタゴニアの重装備を着込み、外へ出る準備を始めた。
 そう、ロシアには大問題がある。今は1月。外気温マイナス30度。
 

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