ロシアの日用品とシナボン

  • 2017.06.11 Sunday
  • 19:27
 僕はカリニナ通りのアパートを出て、トロリーバスの停留所に立っていた。今日の天気は晴れ、マイナス15度の昼下がりである。黄色いトロリーバスは5分と待たずにやってきた。手を上げて、僕は少し大袈裟に乗車のアピールをした。ロシアに来ると自己表現が過剰気味になっている。まあ、僕にとってはいいことであり、長女に言わせるとちょっと恥ずかしいとのことである。 
 トロリーバスに乗り込む。後方の空席に座る。車掌がきたので、用意していた25ルーブルを渡した。お釣りとチケットをもらった。50円ほど。
「スパシバ」
僕はロシアにいるととにかくスパシバ(ありがとう)と言っている。当たり前のやりとりをするとき、そして「いらない」と断るときには、必ずスパシバと言うようにしている。英語のノーサンキューである。ロシア人の厳しい表情が少し緩む感じがする。
 ロシアのハバロフスクは中国と国境を接する極東地方にある。人種はロシア系の白人がほとんどで、高麗系の人たちがいる。日系は極端に少ない。
 10分走るとシベリア鉄道の近くに来たのでトロリーバスを降りた。幹線道路の立体交差があり、その周囲の土地は再開発されていて、ショッピングモールになっている。
 僕の目当ての店はスーパーマーケットであった。街一番の大きさで、値段も安くて、地元で人気のスーパーマーケット。2階は日用品売り場になっている。
 店内に入ると、警備員が数名いた。引き締まった体躯をした若い男たちである。動きがしなやかだ。
 今のところロシアにおいてスーパーマーケットと警備員は切っても切れない関係みたいだ。

 店内は女性が多い。フードにファーのついた黒いハーフコートをよく見る。しかしミンクのロングコートも時々見る。おばあちゃんが多い。そして毛皮の帽子を被っている。
 冬のハバロフスクは帽子に手袋そしてコートが絶対に必要である。マイナス30度の世界は、チェスターコートを着ていられる状況ではなくて、天然素材ならミンクなどの毛皮、現代的には防水性素材にダウンのインナーが必要になると思う。そして首の保護がとても大切で、うなじを露出しているとあとで頭痛に襲われてしまう。だからウシャンカというファーのついたロシア帽は、イコンではなくて本来は機能なのだと思う。
 ところで今日の僕のお目当はキッチン用品なのであった。ロシアでしか買えないキッチン用品を探すのだ。
 あ、いいフォーク見つけた。縦のストライプのフォーク。素材は薄めのステンレスで、ペラっとした感触だが、重心の位置は完璧である。持ち手は滑らかで、フォークの先は平たくて尖っている。なかなか鋭いので皿に当たるとカチッと音がしそうだが、回転もしやすいし、軽いので手と一体化するのが素晴らしい。大きさも中庸である。うーむ、なかなかいいフォークじゃないの。朝飯の目玉焼きを切ったり突いたりするのに、とても使いやすそうだ。170円なので、6本買おう。日本では見たことのない意匠のフォークなのであった。東欧の四角いコンクリートの建物みたいに素っ気ないけど、使い易いに違いない。
 次に茶こしを見つけた。緑のプラスチックに網が張ってある。子供のおもちゃみたいだが、シンプルでいいデザインだ。使用目的と素材の安っぽさのバランスが絶妙に取れている。150円なので中型のサイズを2個買ってみる。僕は冷たいジャスミンティを常飲するので、茶こしは毎日、何回も使うのである。
 るんるんるん。
 僕は調子よくショッピングしていた。コンランショップの10分の1の値段で、欲しいものが見つかるのは楽しい。ロシアの日用品売り場はなかなかの宝庫である。
 しかしどうにも触手が伸びないものもある。それは食器類。イケア的なシンプルモダン傾向にあるとはいえ、メインの商品はまだまだ保守的なようだ。言い換えればロシア文化的である。文化というのは部外者が見るとエキゾチックである。しかし、ときどき滑稽なこともある。
 ロシアの食器はやはりティーカップとソーサーに象徴されると思う。薄くて金縁の花柄の、色は赤系。値段は350円にしては綺麗だが、もちろんプリント焼きの安物である。ロシアのおばあちゃんぽいというか。失礼かもしれないが、おばあちゃんはロシア語でババシュカ。ババシュカのお手製ボルシチは最高に美味しい。
 商品棚から、ピンクの薔薇のティーカップを手に取ってみる。薄手で口元が開いていて、縁が金色に塗られている。持ち手に入るのは、僕の人差し指の先だけだ。第一関節が通過しない。ぐいっとマグみたいにモテないのである。思わず小指が立ってしまいそう。そうなると、内容量は220mlくらいか。僕には全然足りない。350は欲しいところである。
「うーん。こういうのは絶対買わないよな」
でも見るだけなら、本当に楽しい。ババシュカー。壁一面にティーカップとソーサーが並んでいた。
 赤金系だよなあ、ロシアだロシア。本当にこんなにたくさん売ってるよ。
 店内は広く、全ての商品を見ることができなかったので、明日また来ようかな。時間が来たので、おやつを食べに隣のショッピングモールへと向かった。長女と待ち合わせをしているのであった。

 約15年前の東京。吉祥寺にシナボンがありシナモンロールを盛大に売っていた。アメリカ生まれで、日本においていくつかのチェーン店舗を展開したようだが、いつの間にやら撤収されてしまった。そのあとは米軍基地でしか手に入らない幻のスイーツであった。
 2017年現在、再チャレンジということで、六本木ヒルズ近傍に小さな店舗がある。アメリカ人を中心にかなりの人気のようである。が、しかし、実際に食べてみると、昔に比べて、甘さもカロリーもイマイチ迫力にかけるシナモンロールなのであった。アメリカンオリジナルは日本人に受け入れられなかったから、いわゆる甘すぎなくて美味しいスイーツを目指しているのかもしれない。
 そんな日本の小難しい事情とはかけ離れているロシア・ハバロフスクである。
 ハバロスフクにはシナボンが2店舗ある。どちらの店も混んでいる。そしてその甘さや美味しさは、とても良いらしく、うちの長女曰く、
「ハバロフスクのシナボンは美味しい」「日本のシナボンはまずい」「ロシアのシナボンは美味しい」
シナボンはアメリカのチェーン店なんだけど…、よーしわかった、そこまで言うなら、ハバロフスクのシナボン食べに行こうぜ。
「いーわよ」「絶対ハバロフスクの方が美味しいから」「食べてみないことには話しにならん」というやりとりを日本でやっていたのであった。

 シナボンに到着した。ママと長女が待っていた。長女は日本語とロシア語を話せるので、通訳を頼む。
「自分で頼んでよ」
「お前、ロシア語、話せるだろ」
「話せるけど、話したくないの」
「そんなこと言わないで、通訳してよ。コーラとシーザーサラダとクラッシックシナボンとコーヒー」
「そんなにいっぱい?」
「コーヒーはアメリカンコーヒーのLサイズね」
「そんなの自分で頼めばいいじゃない」
「あったかいやつ」
 思春期の長女はなかなかつれないが、きちっとオーダーしてくれたようだ。3人分のトレーを持って席を探した。
 座席は日本と違ってゆったりとしていた。六本木ヒルズ近傍のシナボンの店は狭い。これはもうどうしようもないことだが、日本を離れると世界はゆったりと座れるのであった。
 クラッシックシナボンは看板商品のシナモンロールである。バターやクリームチーズであろうか、見るからにクリーミー。さらにべったりとシュガーコーティングされている。日本のシナボンの倍だな、と直感的に思う。甘さとカロリーである。
 一口食べる。もぐもぐ、もぐもぐ。予感は当たった。とてつもなくパワフルだ。甘くてクリーミーでシナモン風味のベタベタの菓子パンである。今まで食べた中で、最もパワフルだ。横田基地のお土産よりパワフルなんじゃないか。日本のスターバックスのシナモンロールの20倍くらい甘い。思わずコーヒーを飲む。
 うーん。六本木とハバロフスク、どっちが美味いだろう。というか比較にならないくらいハバロフスクの方がパワフルだ。まるで井川遥とスカーレットヨハンソンを比べているみたいに。どちらが良いのか、という問題にならない。
「ハバロフスクのシナボンの方が美味しいでしょ」
長女に迫られる。
「うーん…」
「美味しくないの?」
「いや、すごく美味しい。ハバロフスクのシナボンは美味しい」
「日本のシナボンより美味しいでしょう」
「うん…、そうだね。でもさ、井川遥って本当に綺麗なんだよ」
「何?」


 
 


  
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

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