真っ当なコーヒー

  • 2017.01.06 Friday
  • 11:28
 今日は冷え込んだ。パタゴニアの重装備を着込んだ僕は、マイナス30度のハバロフスクの街を歩いている。なぜ僕はそんなことをしているのか? それは真っ当なコーヒーを飲むためだ。
 マイナス30度は、やはり半端ではない。手袋をとって3分ほどiPhoneで話していたら、指が赤く腫れてきて痛い。人の体にとって危険な温度だ。南国からきた僕は、気をつけないと危ない。
 ところで日本でマップで道順を確認したのは良かったが、実際に来てみたら、こんなに坂道ばかりだとは思わなかった。マイナス30度で手足が凍るのも怖いが、今はそれより、氷の坂道を転ばないように歩くのが一番の課題である。道がカッキンコッキンのツルツルである。実はロシアにきてから、もう3回も転んでいる。
 しかしロシア人はマイナス30度でも、普通に歩いている。足元を見ると、7センチのヒールのロングブーツでカンカンと氷の上を歩いていく奥様がいる。何か特殊な靴底が仕込まれているのだろうか? なんかロシア人って凄い。
 ということで20分ほど歩いてカフェに到着した。2重のドアの中に入る。ものすごい温度差である。中のスタッフはTシャツで働いているのだ。
「ワタシ、ヒトリデス」
「どうぞ、好きな席に座ってください」
と、若いロシア女子は言っているような感じであるが、実は僕はロシア語がよく分からない。ジャケットをハンガーにかけた。
「メニューです」
と渡されたのは中国語と英語が併記されているメニューだった。中国語か。まあ英語で読めるから、全く問題ないのであるが、日本と国境を持つ国なのに、日本人のプレゼンスは中国人に完敗である。カフェラテの大とリンゴのスムージーを頼んだ。
 20世紀の海外旅行は、旅行代理店がツアーを組んでの団体旅行が多かった。リッチになった日本人が群れをなして、パリやハワイに大量移動したのである。だからどこに行っても日本人ばかりが目について、旅情も何も日本人ばかりだった、という海外旅行は多かった。
 今回の飛行機には、僕の他に日本人は一人しか乗っていなかった。ハバロフスクは中国と国境を接しているので、中国人は列車に乗ってやってくる。彼らにしてみれば、お手軽なヨーロッパ旅行の一つなのだろう。ロシアでも中国人の購買力は勢いを増していて、高級品を爆買いしていくそうである。同じ共産主義で、食うものにも困っていた貧乏な中国人は、ここ10年でロシアを超えるお金持ちに豹変してしまった。そのことはロシア人のプライドを相当に傷つけるのか、中国人は変わった、ショックだ、とのぼやきをよく耳にする。
 さあカフェラテがきた。ズズー。うーん。真っ当なコーヒーである。リンゴのスムージーを吸い込む。ズズー。あ、ちゃんと本当にりんごだ。こっちではポピュラーの飲み物なのかもしれないが、酸っぱくて甘くて爽やかで、何か新鮮な味覚である。トマトジュースみたいな健康的な感じもある。
 店内はゆったりとしていてコージーで現代的だ。スタッフはフレンドリーで少しナイーブな雰囲気なんだけど、キビキビとしっかり働く。レベルの高い接客ぶりである。昔のつっけんどんなロシア人の接客態度だと、競争の激しいカフェ業界では通用しないんじゃないだろうか。
 ハバロフスクには新しい店がたくさんあり、働いている若い人が多くて、皆さんとても親切なのである。うん、いい店だな。明日も来よう。
 僕が初めてロシアを訪れたのは6年前だが、それでもロシアはどんどん変化しているように思う。昔のロシア人と日本人はそれこそ月とスッポンみたいな違いであったそうだが、現在、20歳台の人たちの表情を見ていると、ロシアも日本もついでにアメリカも、そっくりなことに気づく。ちょっとナイーブな感じである。ハニカミ気味というか。そしてiPhoneを使うのが上手。ロナウドみたいな表情で威勢を張っている、イケイケのチンピラみたいな男子は、あまり見かけなくなってきた。
「会計お願いします」
「はーい」
レシートの値段を確認して、彼女が持ってきた無線のカードリーダーにVISAカードを入れて暗証番号を入力。レシートが出てきた。
「ダスビダーニャ」と微笑む彼女は、シャツにジーンズにスニーカーの似合うロシア女子だった。日本のレジの方が、遅れてる感じだぞ。
 
 


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ペリメニばっかり

  • 2017.01.05 Thursday
  • 20:55
 僕はカリニナ通りのアパートにいる。ロシアのハバロフスクである。アパートの中はとても快適だ。いつもの下北沢のアパートは最高だが、やはり下北沢というロケーションならではの良さも含まれているようだ。アパートの中はロシアの方が快適かもしれない。
 日本のアパートがロシアに劣る理由は、たった一つだけだ。
 日本のアパートは狭い。というか、日本人というのは、今やかなりの金持ちなのに、東京のワンルームマンションのあの狭さはなんなんだろう。こっちのドアを開けるとあっちの窓が開かないとか、バスタブの幅が一部20cmくらいとか、一体全体あの狭さはなんなのだ。
 それと、もう一つ。33平米とか、部屋の広さを指す単位である。あれは実はおかしいんじゃないかと疑っているのだ。
 僕が今いるアパートはメートル法で50平米なのであるが、日本のマンションの60平米の広さの感じがする。日本の平米にはマンションサイズの平米というのがあって、メートル法の国際標準サイズと比較すると、実は15%減くらいに密かに規定されているのではないか? マンションサイズの1畳は本来の1畳ではない。そうすると何坪という単位も狂ってくる。日本の不動産というのはゼネコンも含めてそういうところがかなり怪しいのである。帰ったら下北沢のアパートを巻尺で実測してみよう。
 カリニナ通りのアパートは、スーパーマーケットが近いので、1日に何回もせっせと買い出ししている。あ、トイレットペーパーがない、食器洗剤がきれそう、卵買い忘れた…。そうしてスーパーマーケットに通ううちに、ある一つの事実に気づいた。
 冷凍食品コーナーが異様に広いのである。そして置かれているのは、ほぼ全てペリメニなのであった。さっと数えても30種類以上のペリメニが置いてある。ペリメニとはロシア餃子である。幾ら何でも異様に種類が多い。このスーパーマーケットは日本のセブンイレブンを想像してもらえばいいと思う。セブンイレブンの洗練された商品棚で、30種類以上の、各種冷凍餃子が置かれている。
 多分、冷凍餃子はロシアにおいて、あるいはハバロフスクにおいて、とても人気が高くて、各社勢揃いの商品ラインナップということなのだろう。よく見ると、シベリア風ペリメニ、ロシア風ペリメニ、チーズのペリメニ、野菜のペリメニ、とたくさん種類があるのだが、主力商品はシベリア風とロシア風のようである。シベリア風の方がサイズが小さい。ほほほ。楽しいなあ。いくつか買ってみよっと。そして食べ比べするのだ。僕は5つほど冷凍ペリメニを買って、アパートへ戻った。
 よーし作ろう。お鍋に湯を沸かす。ペリメニを200gくらい投入する。浮いてくるまで、皮が鍋底につかないようにかき回す。浮いてきたら、5分間煮る。穴あきおたまで皿にとったら出来上がり。とても簡単である。
 皿の上ではペリメニがホカホカ湯気を立てている。フォークで刺していただく。あちち、ホフホフ、もぐもぐ、もぐもぐ。旨いなあ。水餃子だよなあ。ペリメニは皮が旨い。本場ロシアのペリメニは皮の立体性がやや複雑になっていてとても言葉では伝えられないが、パスタとして皮が旨い。200gは大皿いっぱいで150円くらい。普通の人は100円以下で十分かもしれない。うーん、安くて旨くて早くて、お腹いっぱいです。日本だとインスタントラーメンか肉まんみたいなポジションだと思います。
 各社の比較検討については後で報告しますね。
 
 

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アドリアナリマ

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 21:18
 2000年頃僕は研究成果を書いたポスターやコンピュターを持って学会発表をしていた。ニューヨークで発表して、東京に帰りながらサンフランシスコでもう一度。会場に居座る重鎮の学者達を唸らせるような、大した成果はあげられなかったが、何人かの若い研究者と実験方法について熱く語った。僕は英語はもちろん不得意だが、そういう問題ではなくて、とにかく必死に自分の考えをアピールしたのだ。そのためには英語が必要だった。
 マリナーズがサンフランシスコに来ていて佐々木投手が同じホテルに泊まっていた。彼は日本人としてハンサムな大男だった。そのホテルの朝食はコンチネンタルで物足りなかったので、近くのスクエアのレストランでオムレツを食べた。スクエアにはケーブルカーが走り、ヴィクトリアシークレットの路面店のウインドウにはアドリアナリマが微笑んでいた。
 僕は高校の時にアメリカンフットボールをやっていた。ジョーモンタナ、ダンマリーノが現役の時代だ。ウオルターペイトンとかね。だから今でも時々YouTubeでNFLの試合を見る。現代のスーパーボールはブルーノマーズやコールドプレイがハーフタイムショーに出ていて、昔よりだいぶ派手になっているが、マスコットガールはアドリアナリマだった。スタジアムジャンパーがとても似合っている。
 世界はInstagramの時代になった。Instagramは、素人が綺麗に写るので大人気だが、スーパーモデルを生みやすい。アドリアナリマは951万のフォロワーを持っている。ケンダルジェンナーは7153万。
 2016年12月にパリでヴィクトリアシークレットのファッションショーが開かれた。すぐにYouTubeにのせられる。レディガガ、ブルーノマーズ、ザ・ウイークエンドがパフォーマンスするランウエイにモデルが次々と現れる。2000人を超えるオーディションをくぐり抜けた、世界の最もナイスアンドセクシーな50人のエンジェルによるショーだ。10代のしなやかな体躯のモデルと共演するアドリアナリマ。1999年より18回目の連続出場で、今は36歳。アドリアナリマに憧れて育ったモデルが共演するのだから、舞台裏を見ると、親戚の集まった宴会みたいに盛り上がっていて、楽しそうである。
 アドリアナリマは頬を上気させてランウエイに現れる。物凄いオーラ、割れるような歓声、観客の一人一人を指差し、全員に目を合わせる、そして足を開いてポーズ、指で大きなハートを作って笑顔、最後にバチンとウインク。後ろを向くと、長い脚で戻っていく。
 いやー、ほんと凄いわ。2016年も綺麗だった。女神アドリアナリマによるランウエイである。2017年もお願いします、あなたを待っています、と拝んでしまう。
 しかしこのショーはファッションについてはどうでもいいと割り切っているところが潔い。エンジェルの魅力を引き出すことだけに終始している。とてもシックとは言えないし、むしろ下品気味なんだけど、エンジェルは全てを超越していて誇りを持って出演しているように見える。やる気満々のジジハディットは美しい。新人のジョージアフォウラーは奇跡みたいだ。それがこのショーの成功の秘訣なんだろう。
 英語がある程度できるようになると英語圏に入れる。ネイティブの人たちもすごいけれど、非英語圏から英語圏に乗り込んできた才能は強烈だ。アドリアナリマはブラジル出身でポルトガル語が母国語。エヴァグリーンはフランス。MIAはスリランカ。彼女たちの才能はもちろん凄いんだけれど、ファンがしっかり長い息をもってついているのは、同じように非英語圏から英語圏にいる人たちによるからなんじゃないか。だからアドリアナリマは文明的スーパーモデル。渦巻きの中心にいて、時空を超えようとしている。
 
 



夜の買い出しとカラシニコフ

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 19:32
 僕はロシアのハバロフスクにあるカリニナ通りのアパートにいる。夜の10時、外気温はマイナス28度。
「今年はそんなに寒くない」
地元のロシア女子の一言である。
 冷蔵庫をのぞくと、飲み物がなかったので、気合いを入れて、近くのスーパーマーケットに買い出しだ! よし、行くぞ! ということでヒートテックのボディスーツ、ジーンズにブーツにパタゴニアの3レイヤーのジャケットとビーニーで重装備をした。
 アパートはまず重々しい2重ドアである。3つの鍵が必要だ。そして暗い階段を降りると、鉄のドアがある。内側からはグリーンのボタンを押すと開くようになっているが、外側からは、特製のマグネットキーか暗証番号が必要である。セキュリティーが日本とは桁違いに重い。
 外に出る。
 さ、寒い。頬が切れそうじゃないの。それに足元の全てが凍っているのだ。つるっと滑りそうで怖いのであった。
 僕はマイナス28度のカリニナ通りを買い出しのためにそろそろと歩いていた。5分ほど歩くと、一番近いスーパーマーケットに到着した。
 小さなスーパーだが、明るい店内で、商品が整然と並べられている。オレンジとグリーンを基調にした店舗デザインで、日本のセブンイレブンよりも明るくてカラフルである。ロシアもどんどん変わっています。
 ザクロとラズベリー入りの飲むヨーグルトを買う。こういうのは日本では絶対に買えない。洋ナシ入りのヨーグルトも旨そうだ。紅茶はリプトンしか置いていない。そしてレモンを一個、ミネラルウオーター。物価は日本より少し安い感じか。飲むヨーグルトは500mlで90円だからこちらの方が安い。まあ街のセンターで夜の営業もしているコンビニエンス・スーパーマーケットなのだから仕方がないであろう。成城石井よりは圧倒的に安いのであった。
 さあ、マイナス28度の帰り道である。電灯が少なくて、道が広いので、心もとない。露出している頬はやっぱり切れそうな感じがする。
 パパパン、パンパンパン、パパパパン。ゲゲ、結構遠いが、銃声がするじゃないの。それも連発だからマシンガンだ。カラシニコフだよ。おっかないなー、もし狙われたらひとたまりもない。
 夜のカリニナ通りは大丈夫だと思うけど、頭のおかしい人がいるかもしれないから、気をつけてね、と奥さんに言われたのを思い出した。なんで普通の街なのに夜になるとカラシニコフをぶっ放している人がいるんだろう。正月だからかな。まったく爆竹みたいに実弾撃つのは本当にやめてほしいよな、危ないじゃないですか。ちなみにカラシニコフとは世界で最も性能が良く、安価なロシア製マシンガンである。アメリカ人でもこのマシンガンを高く評価する人は多いのだ。
 僕は小走りでアパートへ向かったのであった。そしてアパートの建物に飛び込んだ。転ばなかったし、撃たれなかった。よかった。
 
 さあ、まずは水を飲もう。ボン・アクアというミネラルウオーターである。ぐびび。まあまあ旨い。そしてせっかくロシアにいるのだから、暖かいレモンティを作ることにした。リプトンの紙パックを濃いめに淹れて、角砂糖を放り込む。角砂糖のパッケージデザインは赤くてかわいい。そして、レモンを三角に切って入れる。あくまでセコイ感じだ。たくさん入れてしまうとロシア風ではないのである。
 ズズー。うーん。まあ、普通の甘いレモンティだ。味は特に変わらない。しかしアパートの中を少し移動して、テラスに出る。いきなりマイナス10度以下の世界である。このテラスで飲む暖かいレモンティは、俄然、トロッとして輝きを増し、そしてロシア風にとても旨いのである。
 ここでロシアのアパートの構造について説明する必要があると思う。共産党時代のアパートは一人20平米を目指して設計されたらしく、40から50平米のアパートが多い。日本でいうと2Kのアパートが多い。ドアを入るとバスルームがあり、キッチンがあり、部屋が2つ並んでいる。快適だが、広々としているというほどではないので、建物の外側に3平米ほどのテラスを増設しているアパートが多い。テラスは腰板とガラスに網戸のスタイルが一般的である。しかし、頑強なコンクリート造りの外側なので、夏は蚊除けだけ考えればいいのだが、問題は冬をどうするかである。外はマイナス30度以下になることもあるのだ。だから5センチの厚みの木の2重のドアがついている。人が一人やっと通れるぐらいの幅だ。部屋の中は温水暖房で28度くらいのホカホカになっている。2重のドアを開けると、ひゅうう、と冷気の音がする。
 そしてなんでそんなところで飲まなければいけないのかというと、それはやはりスモーカーだからである。スモーカーには最高の場所なのだ。
 ということで僕はカリニナ通りのアパートで、暖かいレモンティを飲みながら、手巻きタバコをやるのであった。窓を開けると、マイナス28度の外気が音を立てて、テラスに侵入してくる。ものすごい迫力であり、食べかけのアイスクリームを置いても、全く溶けていかないのであった。
 

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12月 下北沢のアパートにて

  • 2016.12.18 Sunday
  • 10:30
 今は12月、僕は下北沢のアパートにいる。今日は1日オフなので、小説を執筆する必要はないのであった。1月にロシアへ行くので、その準備のために今日1日を当てることにしていた。
 僕は冬にハバロフスクへ行くのは初めてだ。噂によるとマイナス30度から35度になる日もあるらしい。
『街路樹に氷がキラキラ光ってとても綺麗なの、空中にダイヤモンドダストがキラキラして』
 うん、キラキラはいいのだが、しかし、そんな時に屋外に出て、本当に人間というのは大丈夫なのか? 
 僕はハバロフスクのカリニナ通りのアパートに泊まる予定だ。カリニナ通りはアムール河畔にある。そこは街の中心で、カフェや市場、レストランに歩いて行ける。しかし、マイナス30度の寒さで、シベリア大地を凍らせる北風が吹き、地吹雪になっていたら、ひょっとして、人間というのは50mも歩けないんじゃないか?
 マイナス30度というのはバッテリーが作動しないことがある温度らしい。スマホが止まるのは困るが、郊外の森の中を走っていて、ちょっと車を止めて小さな用を足したとして、その後、エンジンがかからない、ということがあるそうだ。だから車のエンジンは絶対に切ってはいけない。あるいは、屋外の駐車場に車を置いて、寒冷地仕様でない車だと、朝はエンジンがかからない。そのため夜は3時間おきにエンジンをかけるそうである。
 うーん。ちゃんと生活できるかな。不安だな。
 僕はカリニナ通りのアパートを想像してみる。
 先ずは、水道の水をそのまま飲んではいけない。一旦沸かして紅茶かコーヒーにして飲むことになる。コーヒーはインスタントコーヒーしか売っていないから、やはりロシア風に甘いレモンティを飲むかな。そうすると紅茶とレモンを買っとかないといけない。しかしレモンティだけだと飽きちゃうだろうから、牛乳も買いおきしよう。そして昼は毎日レストランに食べに出るとして、問題は朝飯だ。卵とベーコンは買っておこう。スクランブルエッグかオムレツにして食べよう。ベーコンといえば、西シベリア地方のオムスクベーコンというのが最高に美味しいらしい。あと、黒パンはやっぱり常備しておきたいし、チーズとサラミも、旨いやつをテーブルの上に置いておきたい。それからせっかくロシアなんだから、スメタナ(サワークリーム)とイクラは少しでもいいから買わなきゃね。共産党時代のパッケージで有名な冷凍ペリメニ(ロシア餃子)も買っておこう。夜、レストランへ行けない時は、それをコンソメスープで食べよう。サラダ用の野菜はどうするかな。
 次から次へと、食べ物の想像ばかりが、頭に湧き出してくるのであった。どうも昔から僕は、衣食住という言葉は順番がおかしいと思っているのだ。食衣住の間違いだろう。
 よし、決めた。市場には毎日出かける。どんなに寒くても、猛吹雪でも、1日に1回は必ず市場に行く。マップで確認すると、アパートからだいたい1km離れたところに中央市場があった。
 そして中央市場の近くに、なかなかいい感じのカフェがあった。free Wi-Fiのステッカーも貼ってある。アパートから反対方向へ歩かねければならないが、投稿されている写真やコメントはとってもいい感じだ。
 よし、決めた。このカフェにも毎日通う。僕は真っ当なコーヒーが飲みたくなる発作が必ず1日1回はやってくるのだ。
 そしてマップ上で、アパートから中央市場からカフェ、のルートを確認して見ると、だいたい3kmである。早く歩いて30分、ゆっくり歩いても1時間はかからないはずで、散歩にはちょうどいい距離である。

 僕は新宿のスポーツ用品店にいた。
「マイナス30度の屋外活動するのに適したアウターください」
「マイナス30ですか」
「ええ」
「最高レベルの防寒機能が必要になります」
ということで僕はパタゴニアの3レイヤーの重装備なジャケットを買ってしまった。そしてタイツにソックスにビーニーに手袋、もしかしたらゴーグルも必要になるかもしれないぞ、ということで、もう、買いまくりである。

 よーし、これだけあれば、カリニナ通りのアパートに住んで、毎日、市場にカフェにレストランに、と自由に歩けるはずだ。ほほほ。両手に紙袋を抱えた僕は下北沢のアパートに帰った。早速、部屋の中で着てみる。ユニクロのダウンとは厚みが全然違う。そして首回りの保温機能が満載だ。
「新しいスキーの服、買ったの?」うちの奥さんである。
「え、ハバロフスク用の服だよ。マイナス35度でも大丈夫だって」
「スキーの服みたい」
「いや、防寒機能がね、凄いんだよ、3レーヤー構造でね」
「ふーん、でもスキーの服みたい」




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日本食とロシア料理。そして大きな失敗

  • 2016.12.03 Saturday
  • 16:12
 食べ物について日本とロシアは幸せな相思相愛の関係といってもいいと思います。いやもしかしたらロシアの愛の方が強いかもしれないですね。
 インスタグラムを見ているとロシア出身のスーパーモデルがニューヨークで女子会をやっている。テーブルには日本料理が並んでいる。ロシアの人気ミュージシャンもモスクワでスーシーパーティをインスタグラムしている。モスクワにはスーシー24時間宅配サービスがあるそうです。
 スーシーは彼女たちのお気に入り。日本を旅して本場の料理を食べたい、という女性はとても多い。ロシア女性は日本食が大好きです。
 その愛にはいくつかの理由があると思います。一つは、日本のものは品質が高いという信頼感です。ロシア人は日本の製品や食べ物をとても信頼している。われわれがフランス産のバターを信頼するみたいに。また日本食は脂を使わない料理が多いので、ヘルシーであることも現代的です。またヨーロピアンにとってエキゾチックなのは日本食の特徴ですね。もちろんとても奥が深い食文化です。そして最も重要なのは、日本料理の味付けが好き、なことだと思います。日本は素材を活かした薄味の調理が基本です。その感性が普遍性を獲得しています。中華料理やインド料理は苦手だけど、日本食なら毎日でも食べられるわ、という人が多いんですね。
 
 まあ一言でまとめれば、日本食はセレブなロシア女子のお気に入りなのである。
 と、いつもの文体に戻った僕は、個人的に、そして日本人として、ここからしっかりロシア料理について述べたいと思う。
 ロシア料理は旨い、しかし脂っぽい。
 実はもう、この一言で終わってもいいのだが、それでは散文を書く意味がわからなくなりそうで恐いので、具体的に書きたいと思います。
 まずサラダである。ロシアで人気が高いのはもちろんオリヴィエサラダだ。ロシア語でサラートオリヴィエ。スペイン語圏ではロシア風サラダと呼ばれている。ジャガイモと人参を茹でて、サイコロ状に切ったら、ガラスのボールに層状に入れる。グリーンピースとハムとゆで卵の細切れを重ねる。そしてビストロではそのままテーブルへ運ぶ。ガラスボールは下から白、オレンジ、緑、黄色のミルフィーユになっていて彩りが可愛い。そしてテーブルで塩を振る。
「塩はどれくらい?」と、そこであなたはロシア女子に聞かれるであろう。塩気は人それぞれだから、という個人主義に基づいていると思われる。ここまではなんてことない。圧巻なのはここからだ。ボールいっぱいの食材へ向かって、日本ならキューピーのボトル半分からまるまる一本分のマヨネーズを投入するのである。そしてスプーンで丹念にかき混ぜる。
 ロシア女子は繊細な手付きでサラダをかき混ぜていた。横顔が張りつめている。。そしてマヨネーズでグチャグチャになったオリヴィエと称する料理が取分けられたのであった。
 僕は一口食べる。もぐもぐ、もぐもぐ。もちろん旨い。素材の良さと茹で加減、切り具合勝負の料理であるが、味に凝縮感が残るのは、混ぜ具合が絶妙だからか。しかし、やっぱりマヨネーズ多くない?
 次はペリメニである。ペリメニとはロシアの餃子である。スーパーマーケットは冷凍餃子を売っていて、なかなか旨い。しかし餃子はやはり手作りが最高だ。
 東欧圏ではキッチン用品としてペリメニの型が売られている。直径30センチほどの錫製の円盤で、穴がたくさん空いている。蜂の巣みたいに。その上にクレープ大の餃子の皮を載せて、穴のところに具を乗せていき、そしてもう一枚皮を被せる。それを麺棒でゆっくりと平らに伸ばしていくと、円盤の下にペリメニがたくさんできるようになっている。ペリメニはソフトキャップみたいな形をしているのである。
 そして具は、牛肉に玉ねぎが基本だが、チーズを入れてもいいし、鶏肉や羊のペリメニもあり、たくさんの種類がある。日本の餃子と比較すると、自由なのである。言いかえれば、文明的なのである。そしてそれを茹でて、水餃子風に食べるのだ。
 さあ、お皿にいっぱいのペリメニがやってきた。湯気がホカホカである。旨そうだなあ。ふと見ると横に小皿がついていた。日本の醤油皿を一回り大きくした感じだ。おお、ロシアも日本みたいに醤油とかラー油を使うのかなあ、旨そうだなあ、と僕は自分勝手に想像していたのだが、それは甘かった。よく見ると小皿には白いクリーム状のものが入っていた。
「何これ?」
「スメタナよ」「美味しいからつけて食べて」スメタナとはサワークリームである。
ちょ、ちょっと、待ってくれ。せっかくの水餃子みたいないい料理に、なんでわざわざサワークリームをつけるんだよ。叫びそうになった。
しかし、僕はぐっと我慢した。そういえば日本に「郷に入ったら郷に従え」という諺があるし、せっかくロシアに来てるんだし、やはりおすすめ通りに食べた方 がまずは無難なんだろうなあ…。
僕はペリメニをフォークでさして、スメタナをつけてから、口へ運んだのであった。もぐもぐ、もぐもぐ。旨い。餃子として旨い。皮の立体性による厚みの不均等が絶妙な歯ざわりを生んでいる。錫性円盤の形状に工夫がある。日本の餃子は旨いが、皮に変化が無い。その一点においてパスタとしてペリメニに完敗である。しかし、サワークリームはいらないよ。ポン酢の方が絶対旨いって。
「私はこのペリメニが一番好きなの」ウチの長女である。初登場だが中学生のロシア女子だ。
「一個ちょーだい」
僕は娘のペリメニを一つ奪った。娘は怒っているが、構わず口へ運んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。それはチーズの具にラズベリーソースをつけたペリメニなのであった。もぐもぐ、うーん。まあ北ヨーロッパの味なんだろうなあ。イケアのレストランに行くと、肉団子にラズベリーソースつけてるもんなあ。
 それからスープである。赤いスープのボルシチは日本でも有名なのではないか。赤カブをしっかりと炒めてスープの素に使うので、スープが赤いのである。野菜は赤カブ、人参、キャベツが基本で玉ねぎを入れるレシピもある。それぞれの野菜を千切りするため、包丁一本だと作るのが大変かもしれない。こちらでは一般的に、パルミジャーノチーズをすりおろす、金属のメガホンみたいなキッチン用品を使うようだ。肉は豚でも牛でもいい、そして豆やジャガイモを入れればボリューム満点である。
 しかし本日僕がオーダーしたのは白いボルシチだ。普通のボルシチも好きだが、ロシアに少し慣れてきた僕は変化球を投げてみる。野菜とともに牛スネ肉が柔らかくなるまで煮込んである一皿であった。そこにハーブのディルをたくさん振っていただく。ほほほ、ほんとに旨そう。
「これをどうぞ」
ロシア女子がにっこりと微笑んでいる。彼女の手元を見ると、これまた白いクリーム状のものなのであった。またスメタナか…。なんでここでサワークリームかなあ。牛スネ肉の煮込みたいな、言わばとっともいい汁物に、クリームを足さなくてもいいと思うんだけどな。
「このほうが好きという人もいるのよ」
彼女の手にはマヨネーズがのっていた。
 さて、これを読んでくださっている方は、そろそろ顔面が脂っぽくなってきて、もういいよこってりした話は、と思われているかもしれない。でも、まだまだこれからなのだ。全ての料理にはメインディッシュがある。
 ロシアのビストロに座って、サラダ、ペリメニ、スープと突き進んできた僕であったが、この時点で日本なら3ヶ月分のマヨネーズとサワークリームを腹に注ぎ込んでいた。
 そして僕は大きな失敗に気付いていた。次にやって来る予定のメインディッシュとして、僕はビーフストロガノフを頼んでしまっていたのであった。
 うーん、今更、変更できないよな…。厨房では作っちゃってるよなあ。あ、運ばれてきた。
「ベフストロガノフです」ベフストロガノフとはビーフストロガノフのロシア語である。
 この料理はロシア貴族のストロガノフ家の伝統的なレシピによると言われている。ストロガノフ家はコサック人の傭兵を雇ってシビル・ハン国を倒し、ロシアの領土を東方へと拡大したことで有名な名門貴族だ。モンゴル軍によるロシアの占領から始まり、ロシア人の性格まで変えてしまったと言われる、タタールのくびきを解き放った英雄であり、そのついでにミンクの毛皮でバッチリ儲けたらしい。やり手であり、猛々しいイメージのロシア貴族である。そしてベフストロガノフはビーフシチューを上回るこってりとした料理であるが、力強いだけではなくて、極めて繊細なバランスを要求する料理でもある。
 牛肉、たまねぎ、マッシュルームを炒めたところに、仕上げにスメタナすなわちサワークリームを、たっぷりと絡める一皿なのであった。この料理のポイントは極上のスメタナが放つ新鮮な酸味にある。酸味がすべての食材を包み、高いレベルへと昇華させるのである。もしこれを生クリームで代用したら、あるいは煮込みすぎて酸味が失われたら、その味はがた落ちになってしまう。
 僕は熱々のビーフストロガノフの皿を見た。もの凄い量で、チャーハン大盛りくらいの牛肉がそこに鎮座していた。ソースの色は茶色っぽい白で、玉ねぎも、マッシュルームもシナっとしていて旨そうである。
 これが一皿目だったらなあ…。僕は後悔していた。順番というかロシア料理の食べ方をよく知らないと、こんな目にあってしまうのである。
 ふと見ると、中学生のロシア女子は、鶏とキノコのクリーム煮をガツガツ食べている。
「とらないで」
グラタン皿を抱え込んで食べ始めた。ああ大丈夫。もう、とらないよ。

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カリニナ通りのアパート。そしてロシアの大問題

  • 2016.12.02 Friday
  • 19:07
 僕はロシアにいる。ロシアのハバロフスクという街である。
 ハバロフスクはロシアの極東地方にある都市で、首都モスクワからシベリア鉄道で8523km離れている。そして7時間の時差がある。
 シベリア鉄道が敷かれる前の時代には、アムール河畔の港を礎に水上交通網の要所として栄えた。現在は人口60万であり、極東地方の中心都市として機能している。
 アムール河はモンゴル高原に水源を持ち、中国とロシアをまたいでユーラシア大陸を東に向かって流れる。ハバロフスク付近で北に向きを変えて、サハリン北部のオホーツク海に、その黒く豊かな水を注ぎ込んでいる。この水がオホーツク海を芳醇な海にしている。毛ガニとかホッケですね。そしてその水は冬には流氷となり網走にやってくる。
 すなわち日本に近いロシアなのである。成田からハバロフスクまで1000マイルであり、沖縄の那覇とほぼ同じ距離である。
 しかし、東ヨーロッパのロシア人にとっては、スラブ民族の裏山とも言えるウラル山脈を超えて、シベリア西部の油田のあるカザフスタン北部のさらに向こうへ、そして東の東の果てに、熊とか黒貂がうようよと住んでいる、世界の果ての黒い森みたいな、そんなところに新しく造られた地方都市のイメージらしい。
 僕がちらっと見れば、街は大きくて、中心を貫く道路は3車線が渋滞している。割と人がたくさん住んでいる感じの東欧の都市である。仙台とはいかないが、青森よりは全然都会の感じだ。
 シベリア鉄道に乗ってハバロフスク駅を降りると、駅前に広場がある。奥に路面電車が止まっていた。その一つに僕は乗り込んだ。路面電車はアムール河に向かって走り出した。ガタゴトガタゴト。300mおきくらいに停留所がある。止まると2、3人のおばあちゃんが乗り込んできた。ガタゴトガタゴト。動きはのんびりとした路面電車だが、車両の色は黄色で、大きさは都電の2倍くらい、古いがしっかりとしている。僕は5つ目の停留所で降りた。
 ハバロフスクの街は緑が多い。見わたすと表参道の4倍くらいの厚みがあった。5分ほど歩くと、緑の歩道はカリニナ通りに着いた。そこを曲がって2ブロック先に5階建のアパートがあった。
 僕は下北沢のアパートではなくて、今はカリニナ通りのアパートにいるのであった。
 そんなアパートで、お前はいったい何をしているのか? と聞かれれば、いつものごとく僕は小説を執筆しているのであった。
 ロシアは小説を書くには素晴らしいところだ。アパートにこもって小説を書くのがとってもいい。ややシニカルに、そして文学的に昂ぶっている。
 そうして僕は、ロシアにまで来て小説を書いていたのだが、昼すぎになるとなんとなくまたいつもの如く執筆に詰まってしまい、肝心の小説のファイルを閉じて、パタパタとこの文章を書いています。まったくこんなところまでやって来て、何をやっているのやら。そう言えば、最近、パソコンをDellのデスクトップからMacBook Airに変えました。これならロシアへも簡単に持ち込めるからとっても便利です。
 さてと、飽きたな。コーヒー飲みたい。
 ゴソゴソとキッチンを探すと、未開封のインスタントコーヒーの瓶があった。多分、ウチの奥さんが買い置きしてくれたのだ。
 うーん、しかしインスタントコーヒーじゃなあ…。
 ロシアは甘いレモンティを常飲する文化である。それはざっくりとしたアッサム葉で、熱湯でもってかなり濃い目に紅茶を入れる。そこに砂糖をたっぷりと入れるのだ。キッチンのテーブルには陶器製の砂糖壺がいいところにおいてある。壺は一抱えの大きさだ。そして小型のナイフで三角形のレモン片をチビっと一切れ入れる。凄くセコイ感じである。香港みたいにレモンの薄切りを10枚もぶち込むなんてことは絶対にしない。そんなのは方外な贅沢だ。新鮮な果物は北国において貴重品なのだ。
 そして、そいつをフーフーとすすると、トロッと甘くてまったりとして、極寒の気候にピタッとハマる。黒パンとサラミにチーズは必ずテーブルの上に用意してある。ちょっとつまむと軽く一食分のカロリーである。それはそれでなかなかいいものなのである。
 が、しかし、南方からやって来たワガママな日本人の僕は、今、コーヒーが飲みたい。
 ロシアのコーヒーというとインスタントコーヒーのことだ。カフェを売りにしている新しい感じの店だけ、ちゃんとしたコーヒーが飲める。普通のレストランに入って、コーヒーを頼むと、ネッスルのインスタントコーヒーが出てくる。それはホテルや一般家庭でも同じである。スーパーマーケットにコーヒー豆は売っていない。代わりにインスタントコーヒーの瓶が並んでいるのだ。
 ところで20代の日本人に、ロシアはつい最近までソビエト連邦で、共産主義の盟主であり凄く怖い国だったんだよ、と話しても、
「へー。そうだったんすか」という反応である。
 1990年代生まれはソ連を知らないのである。ベルリンの壁の崩壊も、東欧諸国の独立も、歴史の教科書の中の話なのだ。
 日本人の近代の歴史には、ロシアが大いに関わっている。ロシアが攻めて来たらどうしよう。その恐怖感から動乱の歴史が始まった。そして最期には、世界を敵に回して、敗戦した。戦前生まれの母に、ロシアってどう? と聞くと、
「ロシアは怖い」と答えた。
 現在のロシアといえばプーチン大統領が有名である。21世紀初頭の内戦状態のロシアを率いて、秩序回復と経済成長を達成した独裁者的大統領と言われている。なかなかマッチョなイメージが売りの人だから、軍服を着て眉を傾けたカレンダーが日本でも人気である。
 日本人にとってロシアは怖いイメージだと思う。記憶と歴史。そしてそれを煽っているのは現在の日本のマスコミだ。日本だけではなくアメリカやイギリスのマスコミもロシアを敵視した報道を繰り返している。
 じゃあ僕が実際にロシアに住んでみて、どんな印象かというと、まずアパートの中はかなり快適である。共産主義時代に建てられた2K50平米のアパートなのだが、天井が高いせいか、広々とした印象である。しかし家具や部屋のデザインは東欧的に古臭いので、そこは気に入らない。着るものは日本の方が圧倒的に品質がいい。センスがいい上に、値段も半分から三分の一で済んでしまう。日本の物価というのはとても洗練されているから、もし同じものがあったとしてもロシアの方が高いのである。ただ最近の日本人は小型化して痩せすぎなので、個人的にデブの僕としてはぴったりの服を探すのが大変である。
 そしてロシア料理はかなり美味しい。これについては後で詳しく書きますね。

 話が横に行ってしまったが、とにかく僕はコーヒーが飲みたいのであった。それも淹れたての真っ当なコーヒー。アパートを出てカフェに行くしかない。僕はパタゴニアの重装備を着込み、外へ出る準備を始めた。
 そう、ロシアには大問題がある。今は1月。外気温マイナス30度。
 

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中華粥の郷愁感

  • 2016.10.29 Saturday
  • 14:52
 僕は中華粥が好きである。それもなんだか異様に好きなのだ。
 もちろん僕は日本人だから、日本のご飯が好きである。ご飯に塩鮭をのせて海苔で巻いて食べるのは好きだ。ちなみに塩鮭は新丸子の安田屋の辛口がマイ人生最高峰である。今でも下北沢のアパートから延々と電車を乗り継いで、新丸子へ買いに行く。途中、新宿でも渋谷でも塩鮭は売られているが、新丸子と比べるとお話にならない。焼たらこや辛子明太子で同じようにやるのも最高である。TKG(卵かけご飯)ももちろん好きで、ワカメの味噌汁があれば、もう言うことなしである。
 20世紀末、香港。僕は上湾界隈の麺粥屋にいた。人生初めての香港であり、僕は慣れない広東語のメニューに緊張していた。壁に書かれたメニューには意味のわからない漢字が並んでいる。猪肉ってイノシシの肉か?蝦って海老?腸粉って何? 僕は悩んだが、忙しい香港の麺粥屋でのんびりとしてはいられない。咄嗟にメニューを指さしで、皮蛋と豚肉入りのお粥を頼んだのであった。
 薄汚れたラーメンどんぶりが来た。頼んでから15秒くらいだ。しかし、どんぶりにはなみなみと中華粥が入っていた。粥の中央に一滴の黄金色の油がさしてあった。
 僕は半欠けのレンゲを掴み、グルグルと粥をかき混ぜた。予想に反して、結構、ねっとりとしている。米の臭いが凄い。かなりワイルドな香りである。下から豚肉の小片と皮蛋が出てきた。適当に崩したところをレンゲですくって僕は粥を吸い込んだ。
「あ、あつー!」
池の鯉みたいに口を開けてハフハフさせながら、目をギュッと瞑って、僕は天を仰いだのであった。眉毛はハの字である。
 う、旨い。めちゃくちゃ旨い。そして間髪入れずにふたつめ。ずずー。粥で口がハフハフ。ワイルドなコメの臭い、落花生油、分葱、そして突然、僕はもの凄い郷愁感に包まれた。びっくりした。なんなんだこの感じは。どうして初めて訪れた土地なのに故郷なのか。だいいちここは中国じゃないか。
 何が起きているのか、全然理解できないまま、僕はあっという間に粥を平らげて、200円ほどを払って店を出た。
 お粥で身体が温まった。しかし香港は僕には暑いので、汗が出る。それでも何か清涼なそして温かい気分なのであった。
 もちろん翌日もその麺粥屋に行った。その翌日も翌日も。一日に2回行ったこともあった。今でもとにかく香港に行きたくなるのは、この一杯の中華粥が始まりだったんじゃないか。

 話は現在に戻る。下北沢のアパートである。
 ああ、腹が減った。下北沢は中華料理屋とかカレー屋とか焼き鳥屋は星の数ほどもあり、店員さんの接客は最高だから、食べ物に困ることはない。
 でも、せっかくこの文章を書いているのだから、中華粥を食べよう。それも自分で作ろう。
 まず、米である。米は日本米だけだと香りが足りないので、タイの香り米と日本米を半カップずつ用意する。米を研いだら、ゴマ油とサラダ油を大匙1ほど加えて、軽く塩をふる。そして油と塩を米粒になじませるのである。土鍋に米の10倍の水を沸かして干し貝柱と干し椎茸を適量入れる。味覇も少し入れる。味はこの時点では薄めにしておく。あとは米を入れて1時間中火で煮るだけ。最後の10分で豚肉を入れて、それとは別に茹で塩卵を作っておく。あとは小ネギを切る。
 さあ、ラーメンどんぶりになみなみと中華粥を盛るぞ。卵を手で切って、小ネギをちらして完成である。
 僕は使い古しのレンゲで粥をすくう。一口、すすると、「あ、あつー!」。
 そして僕はやはりじわりと郷愁感に包まれる。天井を仰いでいる。何なんだろう、この感覚は。と同時に、ここまで書いておいて本当に申し訳ないのだが、なんだかあんまりこの感覚については分析したくないなあ、と気付いてしまった。面倒くさいんじゃなくて、何か、この感覚を大切にしたいなあ、と考えてしまいました。
 そして僕はどんぶり一杯の中華粥を平らげるのであった。まだ、いっぱいあるぞ。
 


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下北沢のアパートでリーバイス501を洗う

  • 2016.09.18 Sunday
  • 20:22
 昼下がりの下北沢のアパートであった。僕はいつもの如くパタパタと原稿を書いていた。また、途中で詰まってしまった。気分転換に、外の空気を吸うことにした。 
 牛乳コーヒーと手巻きタバコで一服した僕は、またコンピューターに戻って、パタパタと原稿の続きを書いていた。
 ぷううん。
 ん、なんだろう。
 ぷううん。
 あり、なんか臭うな。
 ヴァージニアブレンドのパイプタバコ臭でもない、コーヒーの残り香でもない、それは違うタイプの有機的な臭いであった。
「ジーンズか」
 僕は先月インターネットでアメリカからリーバイス501オリジナルフィットのリジットを取り寄せた。現在リーバイスジャパンでは僕の欲しい501を買うことはできない。それは勿論、僕がデブだからリーバイスジャパンの想定外なのであるが、日本の会社というのは規格外の男には本当に冷たい。例外とかアウトサイダーとかデブへの気配りというものがない。
 それから1か月間、501を履きっぱなしなのであった。一回も洗濯していない。
 501はオリジナルフィットでありシュリンクトウフィットではない。あくまでリーバイスの最先端の501である。シュリンクトウフィットは昔風の糊のきいたインディゴジーンズで、洗うと縮んでいくジーンズであるようだ。まだ買ったことが無いので、予想的な話しか書けないが、ホームページの写真を見る限りにおいては、少しゆったりとしたデザインであり、少しハイウエストなように思える。いわゆる昔の501XXみたいなテイストのジーンズのようだ。
 僕は大したジーンズマニアではない。ジーンズを徹底的に育てて、アタリとかヒゲとかハチノスとかを誇示しようとは思わない。しかし現代的にジーンズを履きたい。できればカッコよく履きたい。そして体にぴったりとフィットして、履いているのを忘れるくらいの気持ち良さが理想である。外出するときには、小奇麗で少し都会的で、図書館や劇場にも履いて行けるようなジーンズがいい。Tシャツだけではなくて、シャツにも合わせたいし、ジャケットを着るかもしれない。スニーカーはオールスターの黒、ニューバランスを時々、靴は黒革のプレーントゥやサイドゴアブーツが好きである。
 というとやはり購入するジーンズのメインはリジットかリンスになる。
 シュリンクトウフィットを買わないのは、僕は昔のリーバイスについて特にこれといった憧憬が無いからであろう。その良さは十分に味わってきたし、501XXは僕にとって現実そのものであった。望郷的にならないしヴィンテージな貴重性もほとんど理解できない。そしてジーンズのシルエットというのはビジネススーツほどではないにしても、かなり変化しているのだ。クラッシックはいいけれどリアルタイムを楽しむのが、今を生きる喜びなんじゃないか、と思っているのである。
 うーむ、しかし、結構臭うな。
「よし、洗うか」
 僕は風呂の浴槽に水をためた。花王石鹸を水槽に溶かす。トップの部屋干し用の洗剤は、進化しすぎていて必要以上にインディゴが落ちてしまうのではないかという恐怖があるので使わない。洗剤は昭和の花王石鹸でいいと思っている。あるいはマルセイユ産のフランス製石鹸。リーバイスのおすすめ石鹸はドクターブロンナーズソープである。 そしてジーンズを裏返しにして、浴槽に広げる。ここで一番気を使うのは、しわを付けないようにすることである。しわがつくとそこは白くなる。僕は外側の縦しわに気を付けて、内側のしわは良しとしている。そしてここで昔の501XXと現在の501オリジナルフィットの違いを発見する。現在は微妙に立体裁断が施されているのである。そして染料が全く違う。花王石鹸で30分つけ洗いをしても、ほとんど色落ちというものがない。
 十分にすすいだら、縦しわに気を付けて、足のほうを上にしてハンガーにつるす。そして風呂場で水を切り、ベランダで自然乾燥なのであった。
「ふう」
今日の洗濯はうまくいった。
 そうして僕の501は3か月目くらいに太腿が色落ちしてくるはずである。3か月間毎日履き続けて、やっと自分の味が出てくる感じだ。コスパ最高。しかしいったん自分のものになってしまうと、急にもったいなくなって、ぞろ新しい501を買ってしまう。
 


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崎陽軒のシウマイ

  • 2016.09.08 Thursday
  • 14:38
 今日は品川に行く用事があったので、山手線に乗った。そして無事に終わって僕は渋谷に着いた。井の頭線に乗って下北沢へ帰ろうと思ったが、昼過ぎの腹はグルルと鳴った。
 よーし、たまには喜楽に行こうかな。喜楽の醤油ラーメン。もやしをかき分けて太麺をつかむと、ぷんと醤油の香りが立つ。そして焦がしネギがからまる。
 ふと時計を見ると昼の12時30分であった。喜楽のラーメンにありつこうと思ったら、めちゃめちゃ並ばなければいけないじゃないか。ブルルルルル、やめようやめよう、次にしよう。
 しかしファストフードは食べたくないし、思いつくレストランのランチはどこもかしこも超満員であった。
 人が溢れかえる巨大な渋谷の街角で、僕は閉塞感に襲われた。
 普段、僕は下北沢のアパートでもぞもぞしている生物である。文章を書くのに詰まってしまい、じゃ外の空気でも吸って、気分を一新しよう、と思ったらベランダだ。コーヒーを沸かして冷蔵庫の牛乳を注ぐ。シャグ缶を取り出してタバコを巻く。牛乳コーヒーを飲みながら手巻きタバコをチッチとやる。ベランダからはスズナリが見える。そこに母親がよくスーパーで選んできた、硬いチョコレートチップクッキーがあったら、もう最高である。
 赤鉛筆を耳に挟んで、マグを手に、原稿を読んでいると、僕は本当に自由なのであった。妄想は個人の自由だからな。他人に迷惑をかけちゃいけないけど。神とか変態とかバケモノとか、なにもかも存在してしまう世界である。しかしあまりにもその世界に耽っていると、帰ってこれなくなるかもしれない。赤鉛筆で原稿を真っ赤にして、また部屋に戻ってパタパタと文章を書く。赤鉛筆がこの世界の扉の鍵。
 「あ、そうだ」
ここで買いアパートで食べればいいのだ。渋谷にあり下北沢にない物産を、僕は思いついたのであった。
「シューマイ弁当とシューマイください」
崎陽軒のオバちゃんに僕は話しかけていた。井の頭線のデパ地下であった。
「シューマイは昔ながらのシウマイ15個入りでよろしいですか」
最近の崎陽軒は、ちょっと面倒である。異様に品数が増えたのであった。我が脳内の赤い崎陽軒のシューマイは、(横浜名物 昔ながらのシウマイ15個入り)と名付けられている。30個入りは昔からあったが、現在は6個入りもある。その他、特製シウマイ、真空パック入り、えび、かに、黒豚等々。弁当も書ききれないほどの種類がある。
 僕は弁当を持ち下北沢のアパートに帰った。途中で冷たいウーロン茶も買った。
 まずはシューマイの赤い袋をべりっと開ける。簡単に開けられるのが嬉しい。黄色い紙箱があらわれる。紙は少ししっとりとしている。ひょうたん型の醤油差しと辛子を開けて、楊枝でシューマイをさして口に運ぶ。もぐもぐ、もぐもぐ。次に2個連続でさして口に運ぶ。もぐもぐ。電子レンジもガス台もあるから、温めることはできるのだけれど、崎陽軒のシューマイは常温で食べられるのが尊い、と思うのだ。
「なんか小粒になった気がするな」美味しいのに文句を言っている。
 次に黄色いシューマイ弁当を開ける。箱が薄い木で作られている。木の香りが食べ物に移っていて、いくらでも食べられる。蒲鉾、から揚げ、煮マグロ、タケノコ。そしてもちろんシューマイ。紅生姜に昆布の佃煮。八の小俵に押されたご飯は少し硬くて、割り箸が折れそうで危なっかしい。
「ぷはー。食った食った」
ごくごくとウーロン茶を飲む。もう、昼寝しかないよね。

 

 

 




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